学研のV字回復を実現させたM&A戦略
宮原 博昭氏 | 株式会社学研ホールディングス 代表取締役社長
第193回 GCAクラブ(2021年11月開催分)ダイジェスト
今回は学研ホールディングス代表取締役社長の宮原博昭氏にお越しいただきました。学研が過去19年間続いた業績低迷から脱却しV字回復を実現できた背景には、宮原氏が社長就任の前から担当するM&Aにおいて、失敗の連続の中から考え抜き、苦労して積み上げてきたM&A戦略がありました。その戦略において重視している姿勢や考え方とはどのようなものなのか、お話を伺いました。
経営は教科書通りには進まない
「本は沢山読んできました」。
穏やかな表情に柔らかい語り口、まるで氷上のスケーターのように、滑らかに講演は始まりました。
私は防衛大学校にいた4年間、経営学の権威・野中郁次郎先生からみっちり戦略論を学びました。
企業戦略は軍隊のそれと通じるところがあるんです。クラウゼヴィッツの『戦争論』を片手に、カゴメのトマトケチャップ戦争について議論する、そんな日々でした。この学びが経営に活かせると思ったわけですが、実際は教科書通りには進まず大変苦労しました。
底なしの沼から救ってくれたのはM&A
学研には中途入社です、しかも地域限定職からのスタートという異例の経歴です。
ただ、長く傍流にいたことで、自分の会社を客観的に見ることができていました。
社長のバトンを渡された時には19年に亘る減収傾向で、既に1,300億円の内部留保を食い潰していました。自分は負け続けてきた人材で勝負しないといけない、M&Aをしようにも資金がない、まさに底なしの沼です。
劇薬はありません。最初は教科書通りに粛々と、ソフトランディングで社内の立て直しを進めていきました。
継続的な成長のためには、既存事業の強化はもとより、特に新規事業の創設、そしてM&Aが必要です。ただ、中壮年層で新規事業を興そうにも、スタートアップのような人件費の身軽さがありません。かといってM&Aだけでは、単年度の「足し算」で終わってしまう。
内部にイノベーションを起こしながら事業を進化させつつ、M&Aで新しい領域を獲得する。この両輪をしっかり駆動させ「掛け算」にすることで、業績回復の軌道に乗せていきました。
私のM&Aの成績は、100戦 20勝77敗3分けです。
2割バッターですが、トータルとしては勝っていると言えるかもしれません。
ドン底にあった売上高は倍増し、うち約4割をM&A先の企業が稼いでくれるようになりました。グループに来てから過去最高益を出した企業が幾つもあります。まさに学研のV字回復は、ここ10年間のM&Aによるポートフォリオ組み替えの成果といえます。
蚊帳の外のM&Aはやらない
約10年間のM&Aで、20社がグループの仲間になってくれました。
最初はどこにも相手にされず、我々の本気度を示すため赤字企業を買ったりもしました。本体が傾いている中、タイミングにも深慮が必要です。一方、13年間、毎月会食を行い口説き続けている先もあります。
適当に手を拡げているように見えるかもしれませんが、相当な時間を掛けて戦略を練り、「教育」という軸をぶらさず、確固たる信念を持って取り組んできています。
いま見据えているのは、2030年の未来予想図です。
これからの10年、大きな数字を実現していくために、引き続きの主軸はM&Aです。
内部の構造改革を進めつつ、M&Aという非連続的な成長を掛け合わせながら、鮮やかに世界へ、未来へ、成功するまで進んでいきたいと思っています。
いつも心に刻んでいる言葉「逡巡の罪」
防衛大で学んでいた頃からの信条があります。
失敗した人間を責めることよりも、チャンスを目の前にして挑戦しないことの方が、罪が重いと考えています。
私は失敗の多い2割バッターですが、それでも残りの8割はチャンスだと思って攻めていました。先頭に立つものが挑まずして、後に続くものはいません。
負けながら学ぶことも大事です。やってはいけないのは、負けることではなく、勝てるかもしれないのに、勝つための努力や工夫を何もしないことなのです。
パネルディスカッション
奇遇にも、同じ生まれ年の宮原様と弊社代表の渡辺。M&Aで大きな難局に当たってきた者同士、多いに語らいました。
■ディスカッショントピックス
・M&Aの勝ち負けをどう考えているか
・会社を売却するときの基準とは
・いいM&A案件の開拓ルート
・対象会社に対して「人のリストラ」をやらない理由
・M&Aでグループインしてきた人材の活かし方
・「M&A先と一緒に次の目標に向かう」という意識を持つ
・PMIの極意は「気づきを与えること」~命令だけでは決して長続きしない~
・PMIが終わった後のオーナーとの関係~「来なくていいよ」と言われるまで通い続ける~
・コミュニケーションの作法~言葉の選択に顧慮する~
・M&Aノウハウの継承~「個人知」を「組織知」として残す仕組み作り~
「逡巡の罪」という言葉は、宮原様が造られた言葉だそうです。社員の方からは「うちは出版社なのだから、辞書にない言葉を使ってはだめです」と怒られるのだそうです。
この言葉を大切になさって来られたのは、軍隊や戦争の歴史を組織論から学ばれ、「失敗から学ぶ」ことの重要性とともに、「失敗から学習する組織」を作ることがリーダーシップの役割のひとつとお考えになったからではないか―。経営者として強い使命感と矜持を垣間見た講演でした。