「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA経営統合1周年記念企画(第1回)

シリーズ記事 

米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。M&Aの当事者となったM&Aアドバイザーは何を感じたのか、統合によってどのような変化がもたらされたのか。当事者の目線で語る全5回のシリーズの1回目は、統合を機にフーリハン・ローキー日本法人の代表取締役に就任した野々宮律子の話をご紹介します。


「売るか買うかではなく、大切なのは“組み合わせの正しさ”です」

――旧GCAが米フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を検討するに至った経緯をお聞かせください。

野々宮 旧GCAは、日頃から事業成長のための戦略オプションを検討していました。経営統合は選択肢の1つで、いいタイミングのいい案件であれば積極的に行動すべきと常々思っていましたから、あらゆる可能性を検討した結果としてHLとの統合を決断したといえます。

M&Aにおいては「買うか・買われるか」ではなく「正しい組み合わせか」が重要です。さらに成長できる組み合わせか、不足を補完し合える関係か。組み合わせが正しければ、大きいほうの事業者が買い手になるのは当然です。加えて、日米欧のボードメンバー全員が、それぞれの立場からHLを高く評価していたことも決め手となりました。

統合により旧GCAはHLのグローバル情報網にアクセスできるようになり、HLは日本拠点を拡大することができるうえ旧GCAのテクノロジー分野におけるアドバンテージを獲得できる。また、補完関係によって旧GCAメンバーの活躍の場が全世界に広がることも約束されていました。

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――社長に就任された経緯をお聞かせください。

野々宮 当初は創業者である前代表の渡辺が続投するものと思っていましたが、渡辺の会長就任が決まり、旧GCAで経営に携わっていた私ともう1人で共同代表を務めることが自然な流れでした。ところがその方は一昨年末に辞職。渡辺とはもう30年以上の付き合いで信頼関係を築いていましたが、私自身は上に立つことを目指していたわけではなかったので、本社から1人代表を打診されたときは、まさか自分が?!と思いました。

でも、迷っていても仕方ありません。創業から前進し続けてきた会社をHLの一員になることでさらに前進させる。それが自分の役割だと考え、引き受ける決意をしました。

――HLの企業文化について、統合前はどのように認識され、統合後はどのように感じましたか?

野々宮 仕事に対するスタンスや価値観などの類似点が多く、統合前からとても相性がいいという感覚がありましたが、統合から1年経ち、その感覚は確信に変わりました。

HLは、今あるものを無理やり変えるようなことをしない会社です。常に正しい選択をしようという意思が強いですし、親会社の立場を振りかざすようなことも押し付けも全くない。人間力の高い人たちばかりでとても働きやすいですし、すごくありがたいことだと思っています。

「経営統合は、さらなる成長に向けた新たな一歩。旧GCAの創業精神は変わりません」

――統合プロセスはどこから着手されたのでしょうか?また、現在手掛けられていることは?

野々宮 米HLジャパンはバンカー1名のみの拠点でしたから、まず両社の従業員が多数いる北米と欧州の事業拠点を統合しました。欧米のインテグレーションを優先したため、日本ではつい最近まで、大きく変わらない状態が続いたのです。

この1年間は、とにかく目の前にあることに一所懸命取り組むこと、よりよい結果を目指すことに注力してきました。幸い、HLも一緒に未来を切り開いていきたいと思ってくれています。彼らは、きちんと話に耳を傾けてくれます。日本語の資料を理解するために先ずは翻訳アプリなどを使って読んでみるなど、彼らの努力には頭が下がります。そんな彼らの姿勢から自ずと日本側も努力する。そうやって高め合える関係というのは素晴らしいと思います。

現在は、プラットフォームシステムなどのインテグレーションに取り組んでいます。旧GCAのプラットフォームは創業時からの旧システムに増設を重ねた結果、決して機能的とはいい難いものでした。ですから今は、デジタル領域で数段上のプラットフォームをもつHLグローバルのレベルまで、オペレーションプロセスの効率化を進めています。これによって単純業務の属人化も避けられ、もっと戦略的なことにフォーカスすることができるようになります。

私の役割は襷(たすき)をつなぐこと。渡辺が経営統合に踏み切った理由も、会社の成長のためにつなぎたい襷があったからだと思います。後輩たちにさらなる高みを目指してもらうために、この会社をもっといいものにして次に渡したい。ですから、さらなる高みの兆しが見えた頃に「糊付けしてアイロンがけした襷」を次世代に渡すために尽力することが、私に託された重要な責務と認識しています。

「ファーストシナジーは経営統合そのものによる社員の意識変化。それを実感した1年でした」

――HLと旧GCAとでは、どのような点が異なるのでしょうか?

野々宮 米HLと旧GCAとでは、基本的なビジネスモデルが異なりました。HLは、ほとんどの案件で売り手側代理人となり、お客様は投資家が多い。対して旧GCAジャパンは、クロスボーダー案件では買い手側代理人として日本の事業会社がお客様、交渉相手はPEファンドというケースが圧倒的に多かったのです。

そのため両社が顔を合わせる案件では、それぞれ売り手側/買い手側代理人という立場が多かったのですが、相手は敵でも憎むべき相手でもありません。双方がWin-Winのゴールを目指すディールの過程では、信頼関係が構築されていくものなのです。

今後、私たちは売り手側代理人になるケースが増えると思います。買い手側はリピート率の高さが魅力ですが、オークションになることが多いため不成立となるリスクが高い。考え方の整理としては、そうなります。加えて、事業や会社の売却は、当事者にとってとても大切なイベントという認識もあります。譲れない部分はどこか、従業員はどうするのか、どういった条件を獲得するか。その会社の未来を決めるものすごく大切なことがたくさん詰まっていますから、クライアントの代理人として納得していただける最善のクロージングを目指す。創業当時から貫いてきた当社のフィロソフィーは不変です。

緊張感ややる気というのは、戦略的な舵取りや外部圧力で引き出せるものではありません。今回は経営統合をきっかけに各々の力が引き出された。現在とてもいい形で現れているそのポテンシャルが今後どのような波及効果を生むのか、とても楽しみです。

また、GCA時代は、上場企業の責務として開示しなければいけない情報が多く、思い切った選択ができない部分がありましたが、ものすごく大きな企業の一部となり非上場企業となった今、これが正しいと思う道を思い切って選択することができるようになりました。これも大きな変化だと思います。

――今回の統合ではGCAとして初めて売り手側となりました。売り手側となり、感じたことをお聞かせください。

売り手になったことによる、飲み込まれるというような悲壮感は全くなく、ダウンサイドは殆ど感じていません。日本におけるプレゼンスが圧倒的に大きく、重複部分がほぼ皆無であったため、旧GCAのメンバーが中心となって活躍できるという点が大きかったと思います。やはり組み合わせが理想的であるということなのだと思います。

そしてHL傘下に入ったことで、解決すべき課題がクリアになり、整理されるべきことがどんどん整理されていく。まるで新しい景色が次々と広がっていくような感覚です。この景色だけは実体験でしか得られないもの。そうやって新しく開かれた扉の向こうの景色、今まで見たことのないような景色を仲間たちと共有し、一緒にワクワクしていきたいというのが今の私の正直な気持ちです。

今は大変ですが仕事が楽しく、ストレスにも強くなったと思います。嫌なことや事件が全くないとはいえませんが、どんなことも必ず解決できると思える。そして、ここからもっと良い方向に進んでいく手応えもあります。

――読者に向けたメッセージをお願いいたします。

野々宮 私たちHLのメンバーは、M&A業界でキャリアを築き、多くのディールを成功に導いてきました。社名が変わっても小さなベンチャーからスタートした私たちの精神は変わらず、M&Aで日本の競争力を高めたいという思いは同じです。

旧GCAと米HLの統合では、旧GCAが売却側になりました。日本ではまだ会社や事業の売却に対しマイナスイメージをお持ちの方もいらっしゃいますが、それはとても残念なこと。売却は決してネガティブな行為ではなく、会社を見捨てるわけでも諦めるわけでもありません。会社と従業員の次の成長を考えたステップの1つであり、新たに選んだ道はこれまでと同じ道の延長線上にあり、そしてまだまだ進化の道は続くのです。

事業承継などにお悩みの方、事業成長の方法を模索中の方、確かにM&Aが全てのシチュエーションで機能するわけではありませんが、経営ツールの1つとして選択肢に加え、ぜひ上手に活用していただきたいと思います。話だけでも聞いてみる、専門家に会ってみる、頭の体操として考えてみる。たくさんあるオプションの1つとして、前向きな気持ちで向き合っていただくことをおすすめします。

【話し手】
フーリハン・ローキー株式会社 代表取締役 野々宮 律子

KPMGニューヨークで米国公認会計士として監査業務に携わったのち、日本企業の海外進出をサポートするM&Aアドバイザリーに転身。その後、外資系投資銀行、ゼネラル・エレクトリックでのビジネス・デベロップメント・リーダーを経て2013年にGCAに入社。マネージングディレクターとして特にクロスボーダー案件を多く手がけてきた。2022年2月、GCAと米フーリハン・ローキーとの経営統合によりフーリハン・ローキー株式会社の代表取締役に就任。ロングアイランド大学卒業、コロンビア大学MBA取得、資生堂社外監査役、長瀬産業社外取締役。