欧米におけるM&Aトレンドの違いから見る日本企業生き残る道筋|渡辺章博インタビューVol.3

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欧米と比べ日本では極端に少ないテック系案件

渡辺 GCAは2006年に上場しました。上場の狙いというものはクリアで、グローバルネットワークを自分達が構築するためのM&A資金の調達でした。日本の市場が少子高齢化でどんどん小さくなっていくので、企業はM&Aで海外に進出する必要がある。そのためにはGCA自身がM&Aを通じてグローバルプレイヤーにならないと日本企業のお役に立てないということでした。同時に上場企業の成長プランとして海外で成長するという戦略も掲げました。非常に単純な発想だったと思います。

けれど、今は変わってきた部分があります。それはあとでお話しますが、上場時点では我々自身がグローバル化しなければ、いいM&A案件をご紹介することもできないし、M&Aをしっかりと現地でサポートするということもできない。そういう思いがあったんです。上場をすることによって、そこで資金調達をして、グローバルなブティックをどんどん仲間に入れていくということがもともとの戦略だったんです。

それで2008年に、シリコンバレーのテックベンチャーをサポートするM&Aアドバイザリー会社をM&Aしたのを皮切りに、インド、中国、シンガポールでは現地法人を設立し、数年前はヨーロッパ、直近ではスウェーデンのESGに強いM&A会社をM&Aしてきました。そうやってグローバルネットワークを築いてきたんです。ですから、今の売上の8割は海外関連のM&Aです。欧米企業同士のM&AいわゆるOut-OutのM&A助言が売上の7割、日本企業による海外企業の買収いわゆるIn-OutのM&Aが1割で合計8割は海外のM&A助言からの手数料収入が占めている。そういうグローバルな会社です。ただ、私は日本人で、日本でビジネスを始めて、日本企業のために、という視点で申し上げると、8割の売上でどんどん伸びていることは、私としては、上場企業の経営者としてはたいへんハッピーではある一方で非常に複雑な気分になってしまいます。

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私がつくろうと思った世界というのは、テックで、いろんなかたちで物事が繋がっていく世界。つまり、伝統的な日本の成熟産業も、必ず「〇〇テック」という世界につながっていくということをイメージして、もともとテックにフォーカスしたグローバルフランチャイズをつくろうと思っていたわけです。それは上手くいったわけですけれど、この1年のパンデミックが起きてから驚くべき事態になりました。欧米のテックのM&Aが火を噴いたのです。欧米でどんどんテックM&Aの案件が成約しています。パンデミックでデジタル化が急速に進む中で、欧米の経営者はそれはもう物凄い勢いでM&Aでデジタルの人材を取り込んでいます。素晴らしいアルゴリズムを書ける人達をどんどん取り込むM&A。大企業だけでなく中堅の事業会社や投資ファンド、さまざまな買い手がパンデミックで恐怖を味わったテックベンチャーを呑み込む、そういった案件が爆発しているわけです。その中で日本を振り返って見ると、全然その手のテック案件が出てきません。GCAにはテックベンチャーを大企業に売却するGCAテクノベーションという会社があります。この会社はベンチャーコミュニティの中でもそれなりの存在感があります。にも関わらず、日本では本当にテックのM&Aが少ないためにGCAのグローバルテックフランチャイズでは存在感がなくこのプラットフォームを活かせない。これには本当に問題意識を持っています。

売上至上主義からの脱却と企業の真の価値への注目

ーー 5年10年を見据えたときに、今後のM&Aはどう変わっていくと思われますか?

渡辺 日本企業のためにお役に立つためには、テック系の案件が少ないというトレンドの背景に潜む日本企業の意識を変えていかなくてはいけない。日本人というのは売上規模を重視する傾向があるんです。それから、企業の格というものもすごく気にします。

たとえば、1兆円の売上の会社というのは、10億円の会社を馬鹿にするわけです。これでは駄目なんです。皆さんもそうだと思いますけれど、ベンチャー企業は皆小さいわけです。だけれども、大企業にとっては、自分達がデジタル人材を持っていないんだから、その貴重な人材を取り込まなくてはいけない。そのリソースを取り込むときは、大企業もベンチャーも対等なんです。むしろ、ベンチャーのほうが偉いんです。けれど、ハッキリ言うと、この意識がないわけです。それはなぜかというと、大きな規模の会社が偉いとか、売上のあるところが安心できる、みたいな価値観があるからです。

ところが、世界の市場はもはやそうなってはいないわけです。売上が0でも、何兆円というバリュエーションがつくようなベンチャーがあるわけです。それはどういうことかというと、今の社会は、どういう価値をうむのか、ということが重要なんです。つまり、過去の売上ではないわけです。この感覚がまだまだ日本の経営者というか、日本のソサエティがそこを認めていないというところが、すごく大きいような気がします。

M&Aをやるにしても、少しガッカリしてしまうのは、売上を増やすとか、トップラインを増やすとか、成長をしているかのような演出をするためのM&Aみたいなことをしているわけです。これも否定はしませんし、大事なことです。ただ、それがM&Aだと思っている人が結構多いのは、ちょっと問題だと思っています。

最近私達がJSRという会社さんの合成ゴム部門を売却したという案件をお手伝いしたんですが、これは、ビジネスをされている方々からはたいへん衝撃的に見られているんです。どこが衝撃的かというと、それで売上の3分の1が減るわけです。日本の会社さんは買うのが好きで、売るのは嫌いだったわけですけれど、それはなぜかというと、売ることも大事だとわかっているけれどできないのは、売上至上主義があったからだと思います。JSRは3分の1の売上を失ったわけですけれど、その結果、ライフサイエンスとか、半導体とか、そういった付加価値の高いビジネスに特化するということが評価されて、株価が倍くらいになったんです。これはもう、株式市場の価値、株主の価値をうみ、年金の価値をうみ、我々もソサエティの価値をうみ、JSRという会社のグローバルの信頼関係というか、評価というものを高め、そこに優秀な人材が集まり、非常にいいサイクルができるわけです。

こういったようなM&Aを私どもがサポートしていくことによって、日本人の意識を変えていかないと、結局ベンチャーというものはいつまでたっても胡散臭いものに見られたままになってしまいます。

ーー そのような例で言うと、Googleが名もないベンチャーであったりとか、数人のスタートアップを買収していますよね。

渡辺 GoogleのM&Aは素晴らしいですよね。GAFAの人達のM&Aは本当に上手く考えています。昔はそういった経営者も日本にたくさんいたんです。代表的な人は松下幸之助さんです。松下幸之助さんは、実はM&Aの天才だと思っています。その当時は我々のようなM&Aアドバイザーがいなかったんですけれど、日本興業銀行の中山素平さんという人が、倒れ掛かっている会社をなんとか再生してくれないかということで、松下幸之助さんに会社の買収を頼んだんだそうです。その会社が全国津々浦々にあって、それをコングロマリット経営で成長させてきた。

一方でJVC日本ビクターのようにブランドを残して、そこに新しい価値をつくらせるというPMIもやった。たとえばVHS。皆さんはそういう世代ではないかもしれないですけれど、それを開発したのはビクターじゃないですか。日本ビクターという会社はそういう会社なんだということを松下幸之助さんはPMIの手法を使い分けてイノベーションの火が消えないようにした。PMI手法を本当に上手く使い分けてM&A経営をやってきたのだと思います。Googleもそうじゃないですか。YouTubeのマネジメントに独立性を尊重する一方で、競争相手になる前にスタートアップを買ってしまうとか、ケースバイケースでM&Aを本当に戦略的にやっていますよね。

「人から謙虚に学ぶ姿勢」と「共感をうむ企業姿勢」

ーー 今後の日本企業の話でいうと、そういった優秀なベンチャーを売上で評価せずに、しっかりと技術を見たり、人を見たりする。今後の日本がそうなると思われますか?逆に、なるのであれば何が必要だと思われますか?

渡辺 人から学ぼうという謙虚な姿勢が大切だと思います。今はダイバーシティとかいろいろなことが言われていますけれど、ダイバーシティとかESGを押しつけのように感じているようでは、企業の成長というものはないと思うんです。ダイバーシティも結局、女性であったり、外国人であったり、そういった人達が、自分が持っていないものを持っているから、そこから学びたいという謙虚な姿勢がないと形だけになってしまいます。自分が持っていないものを持っている異質の人と力を合わせるということで価値がうまれる。私がGCAを立ち上げたときに、その大切さをすごく学んだんです。

大きくなってしまった会社というのは、人から学ぼうとか、違うものから学んでいくという謙虚な姿勢がなくなっているような気がします。80年代の、アメリカが本当にドツボだった時代に私はアメリカにいたんですけれど、その後のアメリカの成長を見ていると、単純にITが情報化社会になったとか、そんなことではなく、当時の日本企業から学ぼうとか、そういったことを本当に皆さん真剣にやっていたことが今日に結びついたんだと強く信じます。アップルだって、大企業から技術を盗んで、学んで、それを大きくしていくということをやってきたじゃないですか。

だから、やっぱり人から学ぶ謙虚な姿勢というものが、私は本当に大切だと思います。やはり、それがない会社が駄目になっていくんだと思うんです。謙虚に学ぼうと思ったらM&Aにたどり着くわけです。自分に持っていないものを、ぜひ分けてくれ、と。そのM&Aした対象企業をの社員をリスペクトして、その人達の能力をいかにして引き出すか、ということですよね。

ーー そもそものスタート地点から、そういった姿勢が一番大事だろうということですね。

渡辺 もう1つ、やはりこれからの経営で必要になってくるのは、共感ということだと思います。今の姿勢の問題と少し近いところもあるかもしれませんが、共感をうむような企業姿勢なり、そういうことを持っていないところには人材が集まらないわけです。先ほど申し上げた株主資本主義ではなくこれだけ格差が広がってしまった地球環境の問題やいろいろなことに関して、儲けるだけではなくて、どう社会の課題解決に貢献していくか。貢献しながら儲けることもちゃんとやっていく。そういう両利きの経営といいますか、そういったことが必要とされるわけです。そこのポイントが共感性なんじゃないかと思います。

GCA株式会社 代表取締役 渡辺 章博|1982年、米国に渡りKPMGニューヨークにてM&A業務に従事。2004年にGCAを創業。2006年に最短で上場させ、その後、欧米でM&Aブティックを次々に買収。GCAをグローバル24拠点、500人のプロフェッショナルを有する日本発のグローバルM&A助言会社に育てあげた。米国・日本公認会計士。