東京美装興業の挑戦~MBOによる「第二の創業」の軌跡~

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東京美装興業株式会社 代表取締役社長 八木 秀記 氏

82年慶應義塾大学経済学部を卒業したのち、映像会社勤務を経て86年東京美装興業に入社。営業部、総合企画、人事などを経験し、90年取締役、99年代表取締役副社長を経て、02年6月に代表取締役社長に就任。10年4月にMBOによる非公開化を公表。10年9月上場廃止を完了。MBO後も経営を牽引し、業績拡大を実現。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)理事や公益財団法人日本ハンドボール協会特任副会長など幅広い公職にも就く。

〈モデレーター〉
GCA株式会社 代表取締役 渡辺 章博

82年KPMGニューヨーク事務所にて日本企業のアメリカ進出を支援するM&A業務に従事。帰国後04年に独立専業M&A助言会社のGCAを創業、06年にM&A助言会社として初めて上場。その後海外に大きく展開し、現在グローバル25拠点でプロフェッショナル数400人と、独立系では世界トップ10の陣容を誇る。米国公認会計士ならびに日本公認会計士。主な著書に『新版M&Aのグローバル実務[第2版]』(中央経済社、13年)などがある。

筆頭株主の相次ぐ交代を契機に、経営の安定を目指して純粋MBOを選択した東京美装興業。会社一丸となって苦難を乗り越えた同社は、順調に事業を拡大し、社員の表情もいきいき。経営トップのリーダー客や従業員などステークホルダーと一緒に発展を目指した八木社長の言葉にはMBO成功の秘訣が散りばめられている。

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(写真左:八木秀記氏/写真右:渡辺章博)

曲折浮沈の末のMBO決断

渡辺 東京美装興業はファンドスポンサーを使わずに、いわゆる「純粋MBO」を選択されました。それから10年が経ちましたが、社員の方々がとてもいきいきされており、今回ぜひMBOにまつわるお話をお聞かせいただきたいとお招きしました。

八木 東京美装興業はビル清掃からスタートした後、設備管理、警備と業務を拡大して参りました。東証二部上場後、米国企業に第三者割当増資を行い業務資本提携しましたが、思うように効果が出ず解消に至った際、地方の不動産デベロッパーに30%以上の株式を売却されてしまいました。この会社は住宅系の不動産を扱っていたためシナジーが見いだせず、また、ビルメンテナンス会社という性質から特定の不動産会社の色合いが着くことが企業価値の毀損につながるということで、取締役派遣の株主提案に反対することになり、委任状争奪戦(プロキシ―ファイト)に発展しました。幸い勝つことができ、該当株式についてはセコムに19.9%を、残りを私が買い取ることで騒動は解決しました。その後、セコム自体が非常に利益率の高い会社の一方、当社は営業利益率2%内外ということで、なかなかセコムに貢献することができなかったことと、株価が高い時期に株式を買い取って貰ったため大きな評価損を出させてしまう事態が迫っていました。そこで私がMBOを決断し、2010年に株式の上場廃止をいたしました。その後、業績は順調に推移しており、現在ではグループ11社、年商540憶円、全国19都道府県に拠点を置き、約3000か所でサービスを提供しています〈図1・2〉 。

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渡辺 MBO前の段階で大変なイベントがあったのですね。MBOの入口は、資本政策が一番大きな理由だったということでしょうか。

八木 MBO前は筆頭株主が数か月で何回も変わってしまう状況で、私共はお客様の不動産という大切な財産をお預かりする仕事なので、こういう状況はお客様にも不安感を与えてしまうし、社員も経営方針が変わると不安を持つため、質の高いサービスが提供できなくなってしまいます。その意味でMBOは最善の方法だったと考えています。

安定した経営を取り戻すために – 純粋MBOへの挑戦

渡辺 まさに、株主の相次ぐ交代により事業が影響を受けるということを経験されたということですね。ファイナンスの手段としては、銀行の借り入れだけではなく、メザニンファイナンスも組み合わせました。相次ぐ株主の交代に続き、更にファンドが入ってくるということに対し、 八木様自身にトラウマになっているものがあったということでしょうか。

八木 MBOを実行した最大の理由は経営を安定させることでした。ファンドにお手伝いいただくと、基本的にはマジョリティを渡さないといけない。EXITを考えるとMBO後の経営の自由度が限られてしまうため、 「純粋MBO」を選択しました。第三者割当増資の資金の多くが内部留保としてあったということも大きな理由です。

渡辺 弊社が保有していたメザニンファンドからも資金サポートさせていただきました。メザニンファンドは議決権を取らないということが、安心感として大きかったのですね。

八木 そうですね。

渡辺 本業が伸びてキャッシュフローが入ってきて経営が安定し始めると、高金利の貸付から通常のコーポレートローンに切り替わっていきます。やはり純粋MBOのひとつのポイントは、事業が順調に発展しキャッシュが積み上がっていくとの確信が必要ということでしょうか。

八木 私共は決して利益率が高い業種ではありませんがストック産業ですので、比較的安定した売上・利益が見込めるという点はあったかと思います。

MBO後のM&Aが成長を加速させる

渡辺 業績のグラフを拝見して、MBO後の業績が素晴らしく伸びていらっしゃいますね〈図3〉。

八木 当初目標としました連結売上500憶円は達成することができました。MBO後に積極的なM&Aも行い、全国的に売上を確保することができました。

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渡辺 M&Aも思い切ってやれるということが投資ファンドの傘下にはないメリットであり、特定の事業メリットを考えている事業会社が株主ではないということも大きかったということですよね。

八木 はい、経営の自由度とスピード感ですね。

渡辺 資本政策から入った純粋MBOでしたが、事業面でも大きな効果があったということですね。

八木 面白いことに、セコムには筆頭株主になっていただいたところでご縁が深まり、現在ではセコムの仕事が相当増えました。今は一株も持っていただいていないのですけどね。

渡辺 面白いですね。一方で、経営者の方々にMBOのご提案をすると、皆さん仰るのは「不安」なんですよね。従業員や取引先がどういう反応をするのか、その辺りはいかがでしょうか。

社員と経営陣が一致団結してこそ困難を乗り越えられる

八木 私共の場合は、切羽詰まって「MBOしか他に選択肢がない」状況でした。MBO後に主要なお客様に挨拶回りした際には、皆「安心した」という反応でした。社員も同じように安心してくれて、ネガティブな反応は全くなかったです。

渡辺 そうはいっても従業員は上場企業に勤めているのが非上場になるということで、そういった不安感へのメッセージは何か工夫されましたか。

八木 矢面に立ってリーダーシップをとって参りましたが、ローンも返済しないといけないので、会社への求心力、社員も一致団結して困難を乗り越えるという雰囲気が大きくなったような気がいたします。予定よりも2年ほど早く返済が終わり、MBOを乗り切ったことで一体感が生まれました。

渡辺 お話を伺っていると「やってよかったMBO」ということになると思いますが、一方ここは計算外だった、上場していた方がよかったかも、ということは何かありますか。

八木 今のところデメリットはないですね。ただ、考えていかないといけないのはコンプライアンスです。上場しているときは監視されているので厳しく対応しないといけないが、その箍が外れてしまっているので、より自主的に気をつけていかないといけないと思います。

皆で築いた「信頼感」という財産

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渡辺 借入も全部なくなり、これからが本番ということになりますかね。M&Aも、今まではご同業を面で押さえていく展開だったと思うのですが、今後は足りないファンクションを埋めていくような方向でしょうか。

八木 これからは異業種、本当にシナジーがでるような先ですね。DX化も進めていく必要がありますが、社内だけで対応するのは難しいので、色んな会社とのコラボレーションなりM&Aは必須だと思います。

渡辺 10年間の間に色んなことがあったと思うのですが、社員、現場、経営層の方々が相当鍛えられて、困難をも乗り越えられる力がついたのではないでしょうか。

八木 皆いい経験をしたのではないかと思います。私共の業種は非常に地味な仕事ですが、お客様の期待に応える仕事をし続けることで安心や信頼が生まれ、お客様の方から色んなお仕事のご依頼が出てきて、(業務の)幅が広がっていく。私たち経営陣が考えないといけないのは現場の社員に不安感を与えないことだと思います。安心して現場が働いてくれる環境を作るのが経営陣の務めですので、できるだけ不安を感じるような経験は現場の社員にはさせたくないと思いますね。

MBO非公開化の総括と経営者へのメッセージ

渡辺 最後に、MBOの決断に際してメッセージとしてのお言葉いただけますか?

八木 MBOで大事なことはトップのリーダーシップとブレない信念だと思います。通常の場合は経営陣でTOBを掛けるということになると思いますので、取締役の皆さんとの信頼関係や一体感、これなくしてMBOは難しいと思います。

渡辺 MBO後の10年間の成長の軌跡は、リーダーシップや信頼といったお言葉にあった通り、経営の基盤がしっかりしているからこそだと思います。八木社長、本当にありがとうございました。

記事監修

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