時代を変えた、世界を変えた、微細加工技術 ~技術開発と技術経営~
神永 晉氏 | SKグローバルアドバイザーズ株式会社 代表取締役(住友精密工業株式会社 元代表取締役社長)
第199回 M&A研究会(2022年5月開催分)ダイジェスト
世の中の仕組みを大きく変えた「IoT」。その出現を可能にしたMEMS・微小センサ用の微細加工装置を、30年近く前に世界で初めて世に送り出した神永氏を招き、その技術開発と種々のM&A を駆使して進めた技術経営の軌跡について伺いました。また、これからの日本が世界で担うべき役割についてもご提言いただきました。
戦前から世界のフライトを支え続けてきた
住友精密工業のルーツは、プロペラの材料となるジュラルミンの開発と試作にあります。いわゆる零戦へのプロペラ供給など、戦前戦後の航空機装備品産業を長きにわたり支えてきました。一般的に航空機産業は開発投資が先行し収益化するまでに相当な時間を要する、非常に足の長いビジネスです。当社は、航空宇宙油機関連事業から熱・エネルギー関連事業、環境保護事業、そしてMEMS微細加工装置のようなマイクロ・ナノ関連事業へと、特徴ある独自技術を横串に、グローバルニッチトップを目指して事業分野を拡大させてきました。
マイクロ・ナノビジネスの世界へようこそ
近年IoT(Internet of Things:モノのインターネット)により世の中の仕組みが大きく変わりましたが、この出現を可能にしたのは、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)・微小センサの開発と発展です。MEMSとは微小電気機械システムと訳され、半導体加工技術を活用して集積回路(LSI)ではない3次元機械構造物として製作される微小デバイスの総称で、まさに『動く半導体』として、製品の高付加価値化を支えています。
MEMS・微小センサの発展を可能にしたのはシリコン深掘り技術であり、世界初の深掘り装置を製品化し、市場へ導入したのが私です。これは1995年、ドイツの大企業の特許技術を、当社が子会社とした英国ベンチャー企業で製品化したもので、このキーとなる微細加工技術の進化により、MEMSの世界は急速に発展しました。MEMSは車載機器、インクジェットプリンタノズル、ゲーム機やスマートフォンなどに応用範囲を拡げつつ、5GやCASE、MaaS、DXに不可欠なファクターとして機能しています。
数々のM&Aに支えられた技術経営の軌跡
住友精密工業がMEMS事業に着手したのは、1987年のことです。山あり谷ありの事業環境において、開発投資を継続して推進する「技術経営」を支えたのは、ベンチャー買収、IPO、買い戻しによる非上場化、競合買収、MBO、事業買戻しなどの、種々のM&Aでした。
皮切りとなった英国ベンチャー企業STS社の買収は、5か月という短期間で完了させました。田舎の土地と建屋には手を出さず、技術と要員だけに絞って手に入れたのです。後年の新工場竣工の折にはチャールズ皇太子のご来臨を得て、従業員の士気も向上しました。
その後2000年、経営陣の自立を目的にロンドン証券市場(AIM)に上場しました。買収以降の投資を回収し、上場益で親会社の連結業績にも貢献し、事業は順調に滑り出したかに思えました。
しかし、ITバブルの崩壊とともに業績が急降下し、いわゆる「追い銭」でSTS社を支援することになりました。社内外からSTS社の売却圧力が高まり、担当役員として非常に辛かった時期です。社長就任後の2007年には、STS社の株式を市場から買い戻して100%子会社化し、グローバル展開へと打ってでました。そして図らずも同じ年、初代iPhoneが発表されました。
2年後、競合メーカー(STS社の旧親会社)の一部事業を買収し、STS社と統合してSPTS社を設立しました。MEMSは既に時代を席巻し始めていたスマートフォンに不可欠な技術となっていたことから業績はV字回復し、グループでお荷物になっていた事業が稼ぎ頭になったのです。しかし、話はこれで終わりません。2011年、マネジメントから唐突にMBOの申し出がありました。20年前に一から育てた虎の子を手放すことに相当苦慮しましたが、海外事業のみ譲渡し、国内事業は合弁会社にして保有を継続することで最終的に合意しました。譲渡対価は当初買収時の約20倍、彼らに伝えたのは「Ownership released, Partnership reinforced.」、私なりのエールで絆を結びかえました(MBO後にも変遷があり、現在は米国企業の傘下に入っています)
日本人はFarmerでありHunterたれ
欧米人は狩猟民族、日本人は農耕民族と言われます。しかし私は、日本人はそれぞれの民族の特徴を持ち合わせた稀有の民族であると感じています。狩猟民族的な合理的な割り切りばかりをせず、誤解を生む農耕民族的な曖昧な行動も避ける、これを実行できるきめ細やかな資質を持っているのが日本人です。
IoTの世界では、単なる新しい製品の開発だけではなく、それをコアとしてシステムを構築し、ビジネスモデルを創出することが重要になります。部品、要素技術に優れると言われる日本に求められるのは、その地に安住することなく、世に役立つビジネスモデルを創出し価値を生み出すことです。情報を囲い込む巨大なシステムを作り上げ、冨を独占しているGAFAMとは異なるモデルを、我々は構築しなければなりません。
単なる「技術開発」で終わらず、新しい技術を社会へ実装する「技術経営」との両輪でイノベーションを興し社会に貢献すること、これが企業経営の目的なのです。
パネルディスカッション
神永氏は「あなたはスティーブジョブスのお蔭で幸運でしたね」とよく言われるそうですが、決まってこう切り返すそうです。
「いや違います、スティーブジョブスは私のお蔭で幸運だったのです(笑)」と。微細加工技術がなければ微小センサは作れず、iPhoneも生まれなかったのかもしれません。
SPTS社のMBOを決断した際、弊社会長の渡辺が神永氏に送ったメールを、氏は鮮明に覚えているそうです。そこには「日本の経営者は得てして値が上がってから買収をし、値が下がってから売却をしがちです。今回、まさにこの逆をいきましたね」とあり、「あれは宝のようなメール」だと仰っていました。強いリーダーシップで微細加工技術を軸とした技術経営の舵取りを続けた来し道を、懐かしく振り返りました。
■ディスカッショントピックス
・課長(現場)が社長(マネジメント)を説得して実現させたM&A
・「コストアプローチ」によるバリュエーション手法について
・IPOを振り返って~親会社によるコントロールからマーケットによるコントロールへ~
・今だから話せる「買い戻し(Buy-back)時の腹積もり」
・時機を得たM&Aとは~高い時に売り安い時に買う~
・iPhoneの出現を予測できていたか
・国によってかくも違う弁護士の考え方~顧客の考えをサポートしてくれる真の弁護士とは~
・日本人・日本企業にとってのグローバル経営とは~それぞれの民族の特質を活かすこと~