「リーダー」の視座とは
荒川 詔四氏 | 株式会社ブリヂストン 元代表取締役社長・CEO
第198回 M&A研究会(2022年4月開催分)ダイジェスト
荒川氏は新卒でブリヂストンへ入社後、タイ・中近東などで海外キャリアを積み、40代で海外部門の課長職から突如、社長秘書職へ抜擢されます。そして社長の参謀役として、当時日本企業最大のM&Aであるファイアストン社の買収に深く関わり、これがブリヂストンのグローバル・ジャイアントへの礎となりました。豊かなご経験から紡がれた「荒川流リーダーの心得」の数々、ダイジェストにしてお届けします。
生き残るために、グローバル・ジャイアントへ
34年前、ブリヂストンが米国の国民的企業であるファイアストン社を買収した際、事務方として深く関わりました。タイヤは国際規格商品で、早くからグローバル化した業界です。競争を勝ち抜くうえでは、規模が非常に重要なファクターとなります。当時、業界全体の生産能力過剰と業績不振を背景に、業界再編の動きが拡がっていました。対象会社は合弁先であり、1日1億円の赤字を出していた斜陽の会社です。ピレリ&ミシュラン連合とのTOB合戦、クロージングまで2か月という難条件でしたが、トップは「このチャンスを逃すと会社の将来は無い」という強い危機感と、長年考え続けた「あるべき姿」実現のチャンスだという決意をもって、買収を敢行しました。「本体より大きい財務不良会社を高値掴みした」と、内外で批判の嵐に晒されましたが、この買収をトリガーに、ブリヂストンは今日のグローバル・ジャイアントへ「変革」しました。
会社の変革を可能にするリーダーとは
「会社を変革する戦略」とは、「理想の姿を実現する戦略」と言い換えることができましょう。では、理想の姿とは何でしょうか?私は必ず「ユニークな1位」を目標に描くべきだと答えます。従って存在感のある2位、価値ある3位などは単なる逃げ口上でしかなく、変革には禁句である、そう考えます。
そして、この変革の成否を左右するのが、プロフェッショナルリーダーの存在です。常に「理想」から思考を出発させ、理想の実現に向かってありとあらゆる努力を惜しまず、メンバーの納得・共感を得ながら組織を育て、確実に結果を出す。リーダーシップの本質は洋の東西を問わず普遍です。
リーダーは「本物の小心者」たれ
リーダーというと豪胆なイメージを持たれるかもしれませんが、「小心な楽観主義者」が最強だと思っています。新卒2年目で海外に放り込まれ、苦労の連続で学んだことは、相手を無理やり動かすなどできないということでした。ただ、繊細なだけではダメです。様々な失敗の経験が繊細な神経を束ね、強靭な神経を作ることができるのです。
わたしは80ヶ国以上での業務経験を経て、3現(現物、現場、現実)が仕事の基本であり、ビジネスの世界では行動が全てだと思うに至りました。
「順調にトラブル」の意とは
部下からの“上手くいっている”という報告は、経営情報としては価値がありません。何かに取り組めばトラブルが出るのは当たり前ですので、トラブル自体を気に病む必要はなく、起きたトラブルにこそ価値があると考えています。社長時代には、不正防止という別の含意もあり、「私のところにはトラブルだけを持ってきなさい」と伝えていました。苦し紛れに、上手くいっていないことをあたかも順調だとでっち上げるリスクを下げていたのです。
これは会社に限った話ではありません、個人の人生も同じです。躓くことは普通です、順調にトラブルが起こっているから心配するな、私はいつも自分自身にも言い聞かせています。
リーダーは頼れる参謀を持て
ビジネスにおいて参謀とは「知的な戦略家」ではなく、「戦略実行の補佐役」です。日頃からリーダーのビジョンや戦略を完全に理解し、脳を同期させておくことが求められます。しかしリーダーは、「裸の王様になるメカニズム」を内包していると思っています。だからこそ、時に直言し、リーダーの不完全性を補う参謀が必要なのです。また、危機の時には、リーダーの逃げ道を探すのではなく、共に正面突破策を考えるのが参謀の仕事です。どのような難局も、正面突破でしか道は拓けません。ごまかしは叩かれ、永遠に問題を解決できなくする方法です。
私も経営者となり、腹落ちしたのです。指示・命令で動くのは単なる「部下」であるということを。経営と現場の繋ぎ手として機能し、「ダメなリーダーならば使い物になるようにする」のが真の参謀なのです。
パネルディスカッション
ファイアストン社の買収の第一報を、当時米国で勤務していた弊社会長の渡辺は、手にしたウォールストリートジャーナルで知りました。その時の鮮烈な記憶をたぐりながら、日本企業のM&Aによる海外市場獲得の先駆けとなった本ディールについて、詳しく伺いました。
■ディスカッショントピックス
・「新卒2年目ポジションなし」が海外の現場で学んだこと
・ポジションがないことで実力が試される
・「買う」だけならお金があればできる。大事なのは「買ったあと」
・危機意識を持ち、将来世代で結果を出すことを意識して「本業をM&A」する
・経営陣の覚悟と現場の総合力で成し遂げたM&A
・買収先をパートナーとして尊重すること
・経営とは実行力である