テクノロジーから見る社会の未来

イベントレポート 

森本 典繁氏 | 日本アイ・ビー・エム㈱常務執行役員 最高技術責任者 兼 研究開発担当

第196回 M&A研究会(2022年2月開催分)ダイジェスト

処理データの増加や高度なAIアルゴリズムの発展などにより、情報処理全般の飛躍的な能力向上への要求が高まっています。これらを解決するため、IBM が注力するテクノロジーについてご説明いただくとともに、コンピューティングと社会の未来について伺いました。

Dying Dinosaursと呼ばれた時代からのパラダイム転換

日本IBMは創業85年となり、老舗の暖簾となりました。グローバルでは175ヶ国へ事業展開し、技術の源泉となる研究所は五大陸を股にかけ、戦略的に獲得した特許や知財を活かしたテクノロジーを様々な産業に提供しています。歴史は山あり谷ありで、80年代のIBM PC(IBMが最初に発売したパーソナルPC)からのダウンサイジングの流れ、90年代には『Dying Dinosaurs~滅びゆく恐竜~』と揶揄された倒産危機からの大改革、そしてインターネット時代の幕開けと勃興、2010年代以降はAI・データサイエンスといった新しい領域への進出、買収やカーブアウトによる社内カルチャーのチェンジといった具合に、約10年に一度のサイクルで大きなトランスフォーメーションをしながら、継続的に発展してきました。

Ibm01 1024x576 up

アポロ計画を支えたIBMのテクノロジー

1911年、秤の製造から始まったIBM、そのDNAは数値の計測や記録にあります。

大きな転機になったのは1964年、商用メインフレームの登場です。時は東京五輪、リアルタイムでデータやレース結果を集計しレポーティングする姿は、ビジネスにも大型コンピューターを導入する機運を一気に高めました。また1969年のアポロ11号月面着陸にも大きな役割を果たしました。

近年ではAIの時代を迎え、計算能力向上への要求は桁違いに高まっています。大量のデータの蓄積と知識化によりビジネスの競争力を高めるべく、ハードおよびソフトのプラットフォーム、アプリケーション、AIのアルゴリズムなどを高いレベルで統合するインフラ革命が起きつつあります。

米国特許取得数No.1を支える盤石な研究開発部門

IBMは米国特許取得数において、29年間にわたりトップの座を守っています。特許が実用化されるには、数年~十数年を要します。つまり、技術としてこれから世に出てくるパイプラインが、社内に多数積みあがっている状態です。

この特許を生み出しているのが研究開発部門で、世界19ヶ所の基礎研究所のラボで3,000人のサイエンティストが活躍しています。製品開発部門をあわせると、世界の研究所は80ヶ所に上ります。日本には基礎研究、ハードウェア・ソフトウェアの開発双方の研究所があり、一つの都市にこれほどの集約があるのは、他に例を見ません。

Ibm02 1024x576

新たなテクノロジーが描く未来

研究部門では、①爆発的に増えるデータの取り扱いに関する領域、②更なる発展が見込まれるAI領域、③コンピューター自身の能力向上の領域、そして④多様化する計算リソースと運用のオープン化というインフラに関する領域の4つのエリアにフォーカスして投資する戦略をとっています。

講演では、AIテクノロジーの一例として、「正解が存在する問題に答える」という従来の『Narrow AI』、この進化形である「正解のない問題にも答える」という『Broad AI』を、実際にシステムが人間とディベートを繰り広げる映像を使ってご紹介いただきました。相手(人間)の立論に対し、関連するデータを集め、その中から自分に都合のよいデータを選択し、まるで人間のように見事に反論を組み立てます。「正解のない問題」にも見事に対応した最新のAIテクノロジーに、会場は鳥肌が立つような興奮に包まれました。

量子コンピューターが世界を変えていく

ハードウェアの能力向上の期待を担っているのが、半導体の微細化技術の進歩と、ヒトの脳神経研究からヒントを得たプロセッサ、そして飛躍的効率的な計算を可能にする量子コンピューターです。

量子コンピューターは、量子力学の原理を使った、まったく新しいタイプのコンピューターです。量子ビットにより一度に複数の状態を表すことができるため、多彩な演算が可能です。これまで膨大な時間を要した複雑な計算も、短時間で処理することが期待されています。無料で公開されているプログラムツールには、既に数百万人がアクセスしています。クラウドに接続した量子コンピューターは主に研究パートナー企業に提供され、それを活用した科学技術論文も数多く生まれています。今は研究開発段階ですが、化学・石油、物流・流通、金融などの様々な分野で、例えば新素材開発やリスク分析、AIの学習時間の短縮などといった形での活躍の可能性を秘めています。

2021年7月、米・独に続き、日本にも世界で3台目の量子コンピューター『IBM Quantum System One』が設置されました。一度目の東京五輪で大型コンピューターが使われことは東京レガシーの一つですが、再びオリンピアの炎が巡ってきた2021年の夏に、時代を変えるテクノロジー誕生を後押しする量子コンピューターも東京に巡ってきたことに、深い感慨を覚えます。

パネルディスカッション

当社マネージング・パートナーの池田は、IBMによるPwCコンサルティング買収によりIBMに参画した経歴を持っており、森本様とは旧知の仲です。当時のポストマージャ―インテグレーション(PMI)の様子なども懐かしく振り返りながら、ディスカッションいたしました。

Ibm03 1024x576

■ディスカッショントピックス
・テクノロジー関連の講演は、主に経営層からリクエストが届く。その理由とは?
・経営者が講演を聴くときの視点、興味をもつ領域
・IBMのM&A活用法
・CTO、技術の視点からみたM&Aのインパクトと意味
・PMIでうまくいった経験、苦労した経験
・量子コンピューターの飛躍的な進化が社会にもたらすインパクト
・量子コンピューターの実用化で起こること~不連続なジャンプへの期待
・2030年に訪れる未来予想図

「2025年までに世界のデータの総量をブルーレイディスクに書き込んで積み上げたら、空を越え月までも届く」
「微細化したトランジスタをウイルスに格納すると2つ分くらい入ります」
このように軽妙かつ身近な例えから壮大なテクノロジーを身近に感じることができ、講演はワクワク、ドキドキの連続でした。お話が進むにつれ、森本様も少年のように目を輝かせていらっしゃったのが印象的です。30年後の未来を、いまここで体感できる稀有な時間でした。