変革に挑戦し続ける100年企業

イベントレポート 

小池 利和氏 | ブラザー工業株式会社 代表取締役会長

第195回 GCAクラブ(2022年1月開催)ダイジェスト

1908年に輸入ミシンの修理業から始まったブラザー工業。今ではプリンター・複合機、工作機械、産業用印刷機器、家庭用ミシンから通信カラオケに至るまで幅広い事業展開を行い、世界40以上の国と地域に拠点を持つグローバル企業です。小池様は、どのような戦略のもと成長を牽引してきたのか。また、ビジネスを行う上で大切にしてきた心掛け、従業員との交流や情報発信などについても伺いました。

いまも受け継がれるブラザーのDNA

ミシンといえばブラザーの代名詞ですが、今やグループ全体の売上の10%程になっています。現在、レーザープリンターや複合機を核とした通信・プリンティング事業が売上全体の過半を占め、大きな柱となっております。電子化~情報通信の波に乗ってモノづくりを進化させつつ、M&Aも活用しながら徐々に産業用分野へも足場を拡げ、今では売上の80%以上を海外が占めるなど、ブラザーの絵姿は大きな変貌を遂げてきました。

時代や事業は変われども、創業の精神「働きたい人に仕事を作る」「愉快な工場を作る」「輸入産業を輸出産業にする」は今も、連綿と受け継がれています。そして私は、人と人とのつながりを大切にし、明るく楽しく元気に、常に何事にも好奇心を持つことを大切にしてきました。

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弱冠26歳、プリンターを片手に海を渡る

1981年、入社3年目だった私は、「人と違うキャリアを積みたい」と米国行きに手を挙げました。「片道切符、帰国に及ばず」と激励を受け、23年後に帰国辞令が出るまで奮闘の毎日でした。愛称は「テリー」、カリフォルニアに構えた居はSOHO(Small Office Home Office)さながらでしたが、プリンタービジネスは、PC市場の勃興を背景に驚異的なスピードで成長していきました。一方、急拡大を下支えするインフラ整備が出遅れ、大きな課題になっていました。そこで基幹業務システムの導入や巨大倉庫の建設などにも果敢に取り組み、気がつけば私の駐在中に米州の売上高は実に25倍に伸びていました。

米国では、まさに「俺がやらねば誰がやる!」という気概で、お客さんに怒られながら、お客さんのニーズに応えながら、疾風怒濤の時代を乗り越えていきました。また、営業、商品企画、IT、ロジスティクスや財務など会社の様々な機能と業務を経験したことで、マネジメントスキルの基礎を身に付けることもできた時代でした。

11年間の社長時代を振り返って

帰国から2年後、2007年に社長のバトンを受けました。直後に起きたリーマン・ショックのほか、欧州財政危機によるユーロ安と難局が続きましたが、為替予約や米国時代に培ったデータに基づく経営判断などによって、逆境でも浮き足立つことなく対応できました。リーマン・ショックの際には、競合他社が生産に慎重になる中、在庫量や実売データから実需要を把握することで、ブラザーは減産せず難局に冷静に対応することができました。

その後に策定した5か年計画では、カテゴリーNo.1を目指そうと各事業部を鼓舞しつつ、海外の調達・販売ネットワークを強化し、グローバル成長を徹底的に推進しました。そして次の中期計画では、稼ぎ頭のプリンティング事業に頼る一本足打法から、産業用業務用へ人員・投資をシフトする事業変革を打ち出したのです。

また、2008年にPENTAXブランドのモバイルプリンター事業を譲り受けしたことを皮切りに、M&Aによる事業ポートフォリオの強化も着々と進めています。ブラザー史上最大の投資金額となったのが2015年の英国ドミノ社の買収です。ブラザーのもつ印刷技術と、ドミノ社の販売網とブランド力を生かして産業用印刷領域を拡大することが狙いです全てを自前で賄うのではなく、外から手当することで時間を稼ぐという面で、M&Aは欠かせない打ち手です。

テリー流コミュニケーション術

日本に帰国したからは、私的なブログ「テリーの徒然日記」で日常のあれこれを自由に軽妙に書き綴る一方、社長就任後は毎週欠かさず、経営の方向性と経営者としての思いをメッセージにしてグローバルに発信し続けました。また、自分を育ててくれたのは厳しい先輩とさまざまな経験ですから、それを伝承すべく、次世代リーダー教育にも力を入れています。

また、従業員との交流を最も大事に考えています。オンオフ問わず共に過ごす時間を作り、結果、その人となりを知ることで適材適所の人財配置、最適な組織運営に活かしています。

また、2011年の東日本大震災後には、従業員から寄付を集める「絆ファンド」を立ち上げ、10年以上にわたって震災復興支援をさせていただいています。寄付に加えて被災地を訪問し、現地の皆様と交流を続けさせていただいていますが、今後も人とのつながりを大切にしながら支援を続けていきたいと思っています。

ニューノーマル時代の経営に求められること

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不透明なことが色々と起こり、経済環境は急激なスピードで変化しています。「起きた変化に如何に迅速に対応するか」が、企業の生き残りの鍵になっているのではないでしょうか。そのためには、お客様の期待を超える価値の提供に加え、お客様とつながることで、事業ポートフォリオやビジネスモデルの変革を遂げると同時に、サステナビリティの実現を目指していくことが重要です。そのためには特に、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)を重視した経営を推進していくことが求められると考えています。

時代はニューノーマル、求められるのは判断ミスの少ない経営です。そのために必要なことは、様々なリアルタイム『データ』を懐に持ち変化に敏感であること、豊富な『経験』とグローバルな視野を持つこと、そして前向きな『信念』だと考えます。そして、やはりビジネスには『運』という側面もあります。運を引き寄せるためには、成功確率を上げる努力をし続けることですね。

パネルディスカッション

時は1982 年、米国での挑戦に胸を膨らませた二人の若者が、それぞれに海を渡りました。小池様と弊社代表の渡辺、両国でのビジネスの経験を多いに語らいました。

■ディスカッショントピックス
・80年代の米国修行で得られたもの
・目指したのは「人にないキャリアを積む」こと
・どこにいても心は『寅さん』~人と人とのふれあいを大切に~
・グローバル経営に必要な「明るさ」という資質~明るく楽しく振舞う人に運命の女神は微笑む~
・次世代グローバル人材の育て方~豊かな海外経験をどう積ませるか~
・「成長」が人や会社にもたらしてくれるもの
・M&Aで得られる「人材のダイバーシティ」

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コロナ禍で2度の延期に見舞われた本講演でしたが、この度3度目の正直で実現いたしました。新入社員から役員まで「テリーさん」と慕われる小池様、その明るく清々しいお人柄に、渡辺も思わず「テリーさん」と呼び掛けてしまう一幕も。愛称の由来は、アイドル的人気を誇った外国人プロレスラーのテリー・ファンクだそうで、これを想像するだけで不思議と笑顔になります。ハートフルな語りから滲む“At your side.”のメッセージ、講演をご覧になったお一人おひとりの御心にきっと贈り物のように届いたに違いありません。