米国の今後とM&A ~フーリハン・ローキー共同代表スコット・アデルソンに聞く~

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聞き手|マネージングディレクター 村井 慎

米国が歴史的インフレに見舞われています。コロナで停滞した経済が急回復し需要が拡大する一方、未だ中国を中心にコロナを原因としたサプライチェーンの混乱により供給側に制約が残っています。需給バランスの崩れにより貿易価格が押し上げられ、結果として消費者物価が上昇しています。加えて、米国では政府がコロナ対策として巨額の財政支出と大規模金融緩和を実施したため、市場に溢れた資金が個人の購買余力を高め、それがサービスではなく耐久財の需要につながり、結果としてインフレにつながっています。

世界をけん引する米国の経済が大きく落ち込めば、コロナというトンネルから抜け出しつつある世界は次のトンネルに入ってしまいます。先日来日した弊社共同代表のスコット・アデルソンに、今後の米国の景気や、今後の米国M&Aの進め方について、ストレートな質問を投げかけてみました。

米国はリセッションに突入するのか?

米国の2022年5月の消費者物価指数は、前年5月に比べ8.6%も上昇しました。これは1981年以来、過去40年で最高の上昇幅です。食品は+10.1%、ガソリンは+48.7%、エアラインやホテルも値上がりしています。「コロナ対策で多くの資金が供給されたため急激なインフレが生まれた。当然利上げ等の対策が必要だ。ただ、それがリーマンショックのような落ち込みにつながるとは考えていない」とスコットは言います。金利引き上げやテーパリングの結果、経済は急速に冷え込み、リセッションに突入するのでしょうか?この問いに対しスコットは、「二四半期マイナス成長が続くことで、“テクニカルリセッション”になる可能性はあり得る。もっとも、セクターによって温度差はあり、好調だった(やや過剰にヒートアップした)テクノロジー分野は一番スローダウンを感じるだろうが、その他のセクターはソフトランディングするだろう。例えば、ヘルスケアやインダストリアルセクターは引き続き堅調だ」と笑顔で、また楽観的な雰囲気で答えました。なぜそう思うのかと聞くと、「それに正確に答えられたら私は経済学者になっているはずで、ここにはいないよ」とのことでした。要するに、長年の投資銀行経験(フーリハン・ローキーに36年在籍)や数々の米国企業や金融投資家との日々の会話から得た直感があるようです。

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とはいうものの、長年の経済停滞を経験している日本人からすれば、リセッションは一時的なものと言われても、「やっぱりそうだよね」とすんなり受け入れることはできません。実際米国の景気減速は避けられず、米国政府はいかにソフトランディングさせるかの難しい舵取りを強いられています。今年3月に0.25%ptの利上げを実施し、コロナ禍以降続いてきた実質的なゼロ金利政策を解除した連邦準備制度理事会(FRB)は6月14日、政策金利を0.75%引き上げることを決定しました。これは実に27年7か月ぶりの引き上げ幅です。S&P500の株価も大幅に下落しており、Financial Timesによれば、著名エコノミストの投票では、実に7割もの人が米国は来年リセッション入りすると回答しています。

緩やかな長期金利の上昇は経済の回復を示し、株価のマイナス要因にはならないと言われます。米国の金利については、FRBのテーパリング後における長期金利の目安が3.5%~4.4%程度と言われていますが、この程度の長期金利上昇であれば、リセッションを回避できるとも言われています。ここはスコットの直感を信じ、米国経済が踏ん張ってくれることを祈るばかりです。

買収は株価が下がるまで待つべきか?

リーマンショック時と異なり、米国では家計における不動産の占める割合は低下しています。住宅投資は一般的に金利に敏感ですが、サブプライム住宅ローン危機のように危険なレベルまで住宅ローンリスクを抱える人は多くはなく、住宅市場が多少冷え込んだとしてもそれがリセッションを引き起こすリスクは高くないようです。一方で、家計における株式保有割合は1990年~2000年のドットコムバブルを上回る規模まで増加しており、株価の下落が個人消費の減少を通じて設備投資や雇用の悪化をもたらす可能性は十分あります。その意味では、株価動向には注意が必要です。高インフレ定着→リスクプレミアム拡大→長期金利上昇→株価下落という流れを想定すれば、米国政府の急な金融引き締め、つまり長期金利上昇レベルが株価市場で許容できるレベルを超えてしまった場合、株価下落に導かれリセッションリスクが急速に高まるでしょう。

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とはいうものの、M&A的には株価下落は必ずしも悪い話ばかりではありません。企業評価に際しては株式市場を参照しますが、昨今の株価下落については、米国企業買収の観点からは買い手に有利な状況になりつつあるともいえます(海外企業買収が円安により高くついてしまうという為替の問題は別にありますが)。では、株価がさらに下落することを念頭に、米国企業がお買い得になるまで待つというのは米国企業買収を検討するうえで正しい戦略でしょうか?この点についてスコットは、「M&A検討において、株価が上がるないし下がる時期を予測する“Market Timer”の考え方を持ち込むことは得策ではない」とハッキリ言います。その理由としては、「当然ながら株式市場の正確な予測は不可能であることに加え、株式市場的にベストなタイミングで買収したい企業が売りに出るとは限らないからだ」とのことです。「欲しい企業を、買収できるタイミングで買うのがベストなんだ」とスコットは笑顔で言います。でも、買い手の心情としては、できる限り他社と競争することなく(可能であれば相対で)、欲しい企業を安価に買収したいと思うものです。株式市場の将来は予想できないとしても、少なくとも競合の買い手候補となるPEファンドの攻撃力が落ちるのを待つという考え方はないのでしょうか?

現在の超低金利環境は、PEファンドがM&Aファイナンスをするうえで最高の状態です。今金利が上昇局面に入っていますが、この状況が続けば、PEファンドの資金調達コストは上がり、結果として調達に制約が生じ、事業会社がPEファンドとの入札合戦に勝つ可能性は高まるとも思えます。この疑問に対しスコットは、「確かにPEファンドの資金調達環境は多少厳しくなるかもしれないが、既に資金調達積みで未投資となっている残高、いわゆるドライパウダーは積みあがっている。オルタナティブアセットには引続き多額の資金が流入しており、PEファンドのアグレッシブさが短期的に変わる見込みはない」とのことでした。やはり、ターゲット候補企業を買収できるタイミングで瞬発力高くベストオファーを出せるよう、日々準備することが王道の対応となりそうです。

日本企業へのアドバイス

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折角の機会ですので、スコットに日本企業が米国案件で勝率を上げるためのアドバイスを求めてみました。「二つある。まずはテクノロジーを駆使して案件進行の効率化を図り、意思決定のスピードを高めること。二つ目はPEファンドとの共同投資もフレキシブルに考えることが必要だ」とのコメントが返ってきました。テクノロジーについて、最近ではZoom等を用いたWeb会議も日常的になってきましたが、M&Aの世界においても、売り手やターゲット企業とのコミュニケーションはオンラインで実施するケースが標準になっています。もちろん最低でも一度はターゲット企業の経営陣とFace to Faceで面談すべきですが、すべての会議をFace to Faceで実施することにこだわるべきではなく、テクノロジーを駆使し、スピード感を持ってデータ・情報分析を進めていくことが重要になりそうです。PEファンドとのタイアップについては、最近では事業会社と共同投資を検討するPEファンドも相応にいるとのことで、PEファンドと組むことで投資リスクを抑え、またインテグレーションにPEファンドの持つノウハウを活かすことも、勝率を上げるうえで一考に値すると思われます。

最後に、「今我々はとてもエキサイティングな時代を生きている!」とスコットは言いました。「ソフトウェアというだけではもはやテックとは呼べず、今は産業革命時のように新しいテクノロジーがどんどん生まれている。特にすべてのセクターに関係するDX化の波に多くの可能性を感じる。今後非効率なものが効率化されていく過程で、数々のオポチュニティが生まれてくるはずだ」とのことです。世界をリードする米国において、従来のビジネス慣習を変えてしまうような地殻変動がどんどん起きており、それを肌で感じているようでした。やはりM&Aにおいて、日本企業にとって米国市場が最も着目すべき市場であるという点は当分続きそうです。

スコット・アデルソン(Scott J.Adelson)
南カリフォルニア大学学士号、シカゴ大学ブースビジネススクールMBAを取得。
米国フーリハン ローキーに入社する前は、連続起業家(シリアルアントレプレナー)として、多様な業界で会社設立に従事。また、現在も多くの上場・非上場企業、非営利団体の取締役として活躍、YPO/WPOのメンバーでもある。現在、米国フーリハン ローキーCo-Presidentおよび取締役。コーポレートファイナンス部門共同代表。

記事監修

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