いよいよBrexit。M&Aを仕掛ける準備はできていますか?|欧州M&Aブログ(第16回)

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欧州が盛り上がっています。Brexit交渉は佳境に差し掛かり、英政府は11月14日の臨時閣議でEUからの離脱協定素案を承認したものの、政府案が議会で否決される可能性は否定できず、2019年3月29日に移行期間を経ることなく離脱する「ノーディール」の可能性もゼロではありません。またドイツでは先月末メルケル首相が与党CDUの党首辞任を発表し、メルケル時代終焉という言葉も聞かれます。

メルケル首相の党首辞任が景気に与えるインパクトは限定的と思われる一方、Brexitについては短期的にはネガティブな影響が出るという点は世間の共通認識になっています。とはいうものの、ネガティブインパクトの大小は計り知れず、紙面では「Uncertainty(不透明感)が高まっている」という言葉が踊り、人々はモヤモヤとしながら年末を迎えつつあります。

不透明感の高まりを受けて、大手アセットマネジメントやプライベートエクイティのなかには英国案件の数を絞っているファームもあります。それに同調し、「不透明感が高いから欧州はしばらく様子見だ」と言うのは簡単です。しかし、もう少し攻めの姿勢で状況分析する必要があるかもしれません。というのも、この激動の時期こそが、日本企業にとって欧州企業を買収する絶好の機会かもしれないためです。

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出典:https://www.japantimes.co.jp/

M&Aの意義から考える「様子見」の必要性

本当に様子見すべきかどうか、原点に回帰してM&Aの意義から考えてみましょう。欧州企業の買収により獲得できるものは顧客チャネル、生産拠点、技術、ブランド、人財と多岐に渡りますが、シンプルに考えれば以下のいずれかです。
(A) 欧州売上拡大
(B) 欧州売上拡大 + 欧州域外売上拡大

ターゲット企業の欧州売上の取り込み、そしてその販売チャネルを活かした自社製品の欧州での販売増は、欧州企業買収の主な目的のひとつです。一方、ターゲット企業の売上の大半が欧州とは限りません。中近東やアフリカ、ひいてはアメリカ等の欧州域外で大きな収益を上げる欧州企業も数多くあります。欧州景気のUncertainty(不透明感)は、欧州売上拡大にリンクする話であり、欧州域外での影響は限定的です。さらに言うなれば、欧州域内でもBrexitで大きく影響を受ける国やセクターに濃淡があります。欧州の不透明感が強いので欧州案件は様子見すべきという考えは、場合によっては保守的に過ぎるかもしれません。

Brexitのインパクトから考える「様子見」の必要性

Brexitがどの程度ネガティブインパクトをもたらすかという観点からも、様子見の必要性を考えてみましょう。

例えば、リーマンショック後の2010年のEU各国のGDP成長率は、ポーランドを除きすべてマイナス成長に陥りました。欧州経済を牽引するドイツとイギリスも、それぞれ▲5.6%、▲4.2%に沈みました。
Brexitについて見てみると、ノーディールとならないことが前提ではありますが、イギリスは2019年の予想GDP成長率を1.4%から1.3%に引き下げています。つまり、イギリス政府としてはBrexitによる成長鈍化は軽微と見ているといえます。もちろん、Brexitの影響は長期に及ぶものではありますが、言えることとしては、秩序あるEU離脱が達成される場合にはそのネガティブインパクトは限定的ということです。更に言うなれば、Brexitを勘案しても、イギリスの2019年GDP成長率1.3%は日本の0.9%を上回ります。Brexitを大袈裟に捉える必要は無く、不透明感があるというだけで欧州案件を一律見送るのは慎重すぎると思われます。

仮にノーディールとなった場合、現状そのインパクトは未知数です。とはいうものの、Brexitはリーマンショックのように世界全体に波及するものではありません。また、欧州経済危機ほど欧州全域に波及するものでもないと思われます。従って、ノーディールの場合であっても、イギリス案件は多少の様子見は必要かもしれませんが、欧州案件を一律見送る必要はないと思われます。

不透明感をチャンスに。「様子見」をしないという考え方

2008年9月に起きたリーマンショックでは欧州経済も大打撃を受け、2009年のM&A件数は大きく落ち込みました。クロスボーダー案件数データを見るに、米国など欧州域外企業の欧州企業買収案件は2008年比25%減(1416件)、日本企業の欧州企業買収案件は30%減(60件)となりました。

追い討ちをかけるように、2010年10月には欧州経済危機が発生。しかし、M&A案件数は大きく落ち込むかと思いきや、翌年2011年の欧州域外企業の欧州企業買収案件は2010年比15%増(1999件)、日本企業の欧州企業買収案件は2010年比46%増(111件)となりました。

このデータから言えることは、リーマンショックレベルのことが起こればさすがに様子見、欧州経済危機レベルでは様子見は限定的ということかと思います。欧州経済危機のときも紙面ではかなりネガティブなニュースが飛び交いましたが、M&A巧者は冷静にビジネス環境を見極め、積極的に買収攻勢を仕掛けていたといえます。

ところで、欧州経済危機のときにはクロスボーダー案件数は横ばいではなく“大きく増加”しました。これはなぜでしょうか?実は、欧州経済危機の際には以下の理由で欧州域外企業が良いアセットを買収できる機会が多くあったのです。
1. 株価下落に伴うValuation低下
2. M&Aファイナンス環境悪化によるPEファンド/欧州企業の資金調達難
3. 欧州企業の優良事業のカーブアウト案件が増加

最初のポイントについて、企業価値評価においてはターゲット企業と類する上場企業の株価がひとつの指標として参照されますが、低調な株式市場を背景に、売り手としては高いValuationの主張が難しい状況にありました。

二つ目のポイントについて、昨今は大規模な量的緩和の影響でM&Aファイナンスが容易であり、PEファンドがアグレッシブな入札価格の提示をするケースが数多く見られます。この点、欧州経済危機当時は不景気に伴い銀行が引き締めに動き、欧州企業やPEファンドは機動的なM&Aファイナンスができませんでした。つまり、競争力のある入札価格を提示することが難しくなり、相対的に欧州域外企業のオークション勝率が高まりました。

最後のポイントについて、大きなうねりが生じるときには、「X社のA事業に関心があるが、あれは売りに出ないだろうな」と思い込んでいた当該A事業が事業ポートフォリオ見直しの一環でスピンアウトされることがあります。欧州経済危機後は、例えばSiemensなど、多くの大手企業が事業切り離しを行いました。

経済へのインパクトが大きいイベントが生じるときには、総じてM&Aマーケットは大きく動きます。今回のBrexitについても、欧州経済危機のときと同様に日本企業が優良アセットを買収できる数多くのチャンスが生まれると見ています。その好機を逃さず、狙った案件をしっかり仕留めることができるかどうかは、日ごろの継続した情報収集と、長期的な視点での案件評価にかかっています。仕掛ける準備はできていますでしょうか?年末年始は是非GCAメンバーを通じて欧州案件の情報収集を一層強化頂ければと思います。

最後に、隔月で配信させて頂いている本ブログですが、今回が2018年の最終号となりました。次回配信の2019年1月にはBrexitの状況もより明らかになっているかと思いますので、アップデートをさせて頂ければと思います。

記事監修

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