スイスの「グローバル力」|欧州M&Aブログ(第9回)

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7月6日に日本とEUのEPA交渉が大枠合意に至ったことは大きなニュースになりましたが、日本が最初にEPAを締結した欧米諸国は実はスイスだった(2009年2月調印)ということはご存知でしょうか?人口こそ日本の15分の1の規模ですが、ネスレやABB、ロシュなどスイス企業はグローバルで大きな存在感を放ちます。今回はスイスの「グローバル力」に注目してみたいと思います。

スイス at a glance

国土面積は意外に大きく、九州と同じくらいの大きさです。人口は824万人。そのうち25%は移民(非スイス人)で、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つを公用語としています。道路標識に複数の言語が併記され、同じ国の異なる土地で全く違う言語が話されることは日本では想像できませんが、スイスはグローバル化された生活環境がデフォルトとなっています。

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スイスは国内の市場規模が小さく、水以外の天然資源も乏しく、歴史的に国外に経済活動を求めてきました。今では輸出がGDPの約32%を占めるに至っており、国境を接する大国のドイツ、フランス、イタリアは大きな貿易相手です。セクター別で見るとインダストリアル分野(自動車・航空産業)は特に成功を収めており、精密工学、マイクロメカニクス、素材技術や合成樹脂、繊維などの分野で優れた企業が多数存在します。世界経済フォーラム(WEF)が発表する国際競争力ランキングでは8年連続で1位に輝いており(日本は昨年第8位)、その評価対象項目では、イノベーション、労働市場の効率性、公的機関の透明性において最高点を獲得しています。

そして忘れてはいけない個性として、地理的に欧州の真ん中に位置するもののEUの加盟国ではなく、ロシア・東欧・北朝鮮といった旧共産圏諸国とも長期にわたる関係を構築する等、独自の通貨・経済・政治基盤を持った永世中立国という特徴があります。

スイスのM&Aのトレンド

2016年のスイス企業関連のM&A取引件数は362件で、2015年の350件より増加しました。セクター別にはインダストリアル(21%)、コンシューマー(16%)、テクノロジー(16%)が上位を占めました。

前回のブログで取り上げたイタリアもそうでしたが、欧州各国で見られる中国企業の進出について、2016年2月にはその象徴ともいえる中国化工集団(China National Chemical Corporation)によるスイス農薬/種子メーカーSyngentaの買収(買収価格:$43.3bn/約4兆7700億円)が発表されました。

日本企業関連M&Aに目を向けてみると、今年の5月にはJTBによる旅行手配大手のクオニ・グローバル・トラベルサービスの買収が発表され、2016年には日東電工によるノラックスのカーテンエアバック向け機能性フィルム事業買収やシチズン時計による高級時計メーカーのフレデリックコンスタントの買収、2015年にはTDKによるホール素子センサーメーカーMicronas Semiconductor HDの買収などがありました。

今年4月に発表されたプライベートエクイティファンドCVCによるブライトリング買収のように(GCAはブライトリングのアドバイザーを務めました)、スイスと言えば時計関連を中心とした精密工学関連のM&Aが目を引きますが、先述の国際競争力ランキングにおいてイノベーション力が高く評価されているように、素材分野など日本企業が関心を持つ分野で数多くのM&Aが発表されています。

M&Aによりグローバル人材を獲得する意義

M&Aの目的には顧客ネットワーク、技術、ブランド、生産拠点等の獲得など様々ありますが、真のグローバルカンパニーを目指すうえでは「グローバル人材の獲得」というアングルも忘れてはいけません。

この点において、例えば世界最大の食品・飲料会社のネスレや、カルティエ、モンブランなどを傘下に持つ世界的なラグジュアリーカンパニーのリシュモンなど、スイスにはマネジメント構成含め、真の意味でグローバル化した企業が多数存在します。スイスの人は対立を避け、しっかりと話し合い、極力納得して物事を進めることを好むと聞いたことがありますが、こういった気質に加え、歴史的に複数言語を操り、様々な国とのビジネスが標準となっているスイス人をM&Aを通じて迎え入れることは、マネジメントのグローバル化に大きく寄与すると思われます。

マーサーが発表した2017年の生活環境水準のランキングでは、チューリヒ(2位)、ジュネーブ(8位)、バーゼル(10位)と実に3都市がトップ10にランクインするなど、スイスはアルプスの少女ハイジの風景だけではなく様々な魅力を放ちます。ついドイツやイギリス、フランスなどの大国に目が向きがちですが、これまでスイス企業はターゲットとして見ていなかったということであれば、グローバル企業としてのスイス企業について、是非GCAメンバーと意見交換を頂ければと思います。

記事監修

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