Brexitやトランプ外交の欧州M&A市場への影響|欧州M&Aブログ(第4回)

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2017年1月は英国のBrexit交渉戦略の基本方針が明らかとなり、またトランプ政権が本格始動した、世界的に大きな動きがあった月でした。今回は2017年の行方を考えるうえで重要なこの2大トピックについて、欧州における影響という点から考察してみたいと思います。

Brexit ‐ メイ首相の「12の交渉目標」から見えるもの

昨年6月の国民投票以降、英国では英国法の独立及び移民規制という英国の主権の奪取と、EU単一市場へのアクセス確保という経済的ベネフィットのどちらに軸足を置いた交渉をするかについて、連日多くの報道がなされていました。

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出典:https://www.cnn.co.jp/

そして1月17日、政府がBrexitの交渉戦略を公表しないことに対する世論の不満を受け、英メイ首相はBrexitに関する12の交渉目標を発表しました。内容としては、EU単一市場へのアクセスより英国の主権を取り戻すことを優先、つまり経済的に大きなインパクトが想定されるハード・ブレグジットの道を歩むというものでした。

英国政府はハード・ブレグジットという言葉自体受け入れておらず、最良の結果を交渉で勝ち取ると気勢を上げています。しかし、英国の最大輸出先はEUであり、それは実に全輸出額の44.4%を占めることから、交渉結果次第ではハードなものにならざるを得ません。

また、英国内の産業の空洞化によるインパクトも看過できません。EU各国向けサービスを英国から提供できなくなる可能性が高いため、大手金融機関は拠点の一部を大陸欧州に移転する計画を立てています。日産自動車が英国のEU離脱に絡む条件が明確となった後に同国への将来の投資計画を見直す考えを明らかにするなど、製造業の地盤沈下リスクも見え隠れし始めています。

英国はなぜそのような甚大な経済的インパクトが生じるリスクのある“ハード・ブレグジット”に突き進むのでしょうか?つまるところ、英国は主権を失っている状態(=EUのルールに従わなければならない状態)が許容できませんでした。

例えば、2016年上期に実施された世論調査では、「移民問題」に懸念があると回答した人が5割超と最大になり、「景気」への懸念を持つ人は2割程度に留まりました。移民コントロール含め主権回復を重視する世論がハード・ブレグジットを後押ししたことは想像に難くありません。

メイ首相が3月末までに正式離脱を通知できる可能性は高く、離脱手続開始時期に関する不透明感は近く解消されます。離脱交渉期間は原則2年(つまり2019年3月まで)とされていますが、これは英国とEUの双方が合意すれば延長も可能であり、「いつ」「どのような条件」で英国が離脱するかについての不透明感が解消するのは当分先の話となりそうです。

今できることとしては、もちろん様子見という判断もありますが、最悪のシナリオを想定した打ち手を用意しておくこと、そしていつ解消されるか分からない不確実性に臆することなく英国を含む欧州という巨大市場を攻め続けることに他なりません。

トランプ外交が欧州に落とす影

1月に誕生したトランプ政権は、「アメリカ・ファースト」、すなわち保護主義政策により米国の利益そして雇用の最大化を目指すという方向性を明確に打ち出しています。トランプ大統領は他国との貿易において不当に米国の利益が損なわれている、移民により雇用が脅かされていると強いトーンで主張していますが、その主張はどの程度欧州に影響を及ぼすのでしょうか?

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出典:https://www.bbc.com/

まず米国の利益という点に関し、ポイントは①ドイツの米国に対する貿易黒字、②ユーロ安、③国防費用の負担にありそうです。
①及び②について、昨年米国はドイツに対して649億ドル(7兆3千億円)の貿易赤字を計上しましたが、これは中国3,470億ドル、日本689億ドルに続く3番目の規模となります。南欧各国の低調なパフォーマンスに引きずられる形でユーロの価値はドイツの実力に比して安く抑えられており、そのユーロ安がドイツの貿易黒字積み上げのドライバーになっていることは疑いの余地がありません。トランプ大統領はこの実態を「EUはドイツの乗り物」という言葉で表現し、ドイツ首脳を不快にしました。

③の国防費用負担については、欧州各国が主要メンバーに名を連ねるNATOについて、ほとんどの加盟国がGDP比2%以上の国防費負担目標を達成していないため、米国は負担の公正性を理由にその関与を弱めることを示唆しています。NATO維持のためには、加盟各国は今後軍事関連支出の増加、もしくは米国の負担を軽減する努力が必要となることは確実と思われます。

移民の点では、トランプ大統領の批判対象は欧州から米国への移民ではないものの、同氏は移民を制限すべくEUからの離脱を決めた英国を称賛し、人の移動の自由を原則として掲げるEUの仕組みは機能しない、他の国も離脱をするだろうといった否定的な発言を繰り返し、欧州諸国との間で不協和音が生じています。

5月に予定されているフランスの大統領選において、極右政党の党首マリーヌ・ルペン氏はBrexitやトランプ大統領誕生の背景にある「自国第一主義」の流れに乗って支持を伸ばしていますが、万が一同氏が当選しフランスがEU離脱の方向に大きく舵を切るようなことがあれば、現実的にEUの維持は困難になります。当然ながら、フランス離脱となれば英国とEUの交渉は現在の想定とは全く異なるものになるでしょう。

Brexitやトランプ外交の欧州M&A市場への影響

Brexit及びトランプ外交の方向性がぼんやりと見えてきたことで先行きに不安を感じる一方、日本企業の皆様や欧州のプライベートエクイティの方々との日々の会話からは、それらが2017年欧州M&Aのブレーキになる様子は感じられません。「いま影響を考えても分からないので、考えても仕方がない」というコメントをよく耳にしますが、まさにその通りかと思います。

世界に広がる保護主義の流れが企業のグローバル化にブレーキをかけるという話も無くはないですが、こと日本企業に関しては成長のためグローバル化は必須であり、Brexitやトランプ外交がもたらす不透明感程度ではグローバル市場での生き残りをかけたM&Aに対する熱意を失わせることはできないようです。

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