The Takeaway|グローバルオークションにおける戦い方について、酒井圭一とのQ&A ~三浦工業によるCleaver-Brooks社買収の事例を参考に~

The Takeaway(Q&Aコラム) 

2024年5月、三浦工業株式会社(以下「三浦工業」)が米国の同業The Cleaver-Brooks Company(以下「CB社」)をUSD774m(約1,160億円*)で買収しました。グローバルオークションを勝ち抜いて、ボイラー業界では誰もが知る米国トップ企業を成功裏に買収することができた要因は、どこにあったのでしょうか?三浦工業への助言を担当したクロスボーダー&スペシャル・ソリューションズ・チームヘッドの酒井圭一に聞きました。
*案件公表当時レート

ー 三浦工業にとってCB社の買収はどのような意義があったのでしょうか?

三浦工業はグローバルでNo.1のボイラー企業を目指しています。なかでも、産業を支える「熱」の大消費地として巨大なポテンシャルを持つ米国で強力な地位を築くことは、成長戦略上極めて重要な課題でした。CB社は米国で90年以上の歴史を有する老舗のボイラーメーカーであり、三浦工業にとって”must win”の買収ターゲットでした。この買収によって三浦工業の海外売上高比率は25%から50%に増加し、グローバルプレイヤーとしての今後の戦略展開の大きな足掛かりとすることができました。

ー CB社がそれほどの有力企業なのであれば、同社の買収を巡る競争も激しかったのではないでしょうか?

CB社に強い関心を示す買手候補が他にも存在することは、十分に予想されましたので、本件がグローバルオークション形式で始まったことには驚きはありませんでした。ボイラー業界にとどまらず、広い意味で「熱の管理」に関するソリューションの提供を事業領域としている巨大資本の参加も想定されました。有力企業の獲得を狙ってグローバルオークションで戦うことは、言わばワールドカップ級の難易度であり、本件も例外ではありませんでした。

ー ワールドカップ級の戦いで三浦工業が勝てた要因は、何だったのでしょうか?

「スピード」と「確実性」を武器に他の買手候補を出し抜く作戦が奏功した点が大きいと分析しています。売手にとって「スピード」の価値は一般に理解されているよりも遥かに大きいです。状況次第では「スピードを武器に価格は抑えながら独占交渉権を勝ち取る」というバイサイド戦略も成り立つのです。具体的には、本件の場合は三段階の入札で買手候補が絞り込まれていくオークションが予定されていたのですが、三浦工業は二段階目の入札時に確実性の高い最終入札書を提出し、短期間の独占交渉権を勝ち取りました。売り手の立場からすると、オークションの第三ラウンドの実施を待たずに、三浦工業が買収契約にサインする準備をほぼ整えたことが、独占交渉権を付与するという判断の大きな決め手となったようです。

ー 示唆に富む事例ですね。教訓として一般化できるエッセンスを教えてください。オークションの場合はとにかく早く札を出せば良い、と言えるでしょうか?

そうではありません。案件ごとの個別の状況によって、このようなアプローチが効果的である場合とそうでない場合、あるいは効果的かもしれないが現実的には採用できない場合があります。買手としてスピーディにデューデリジェンスを実施する用意があっても、必要な情報の早期開示など売手からの協力も必要です。ただ、いずれにしても、買手として迅速にデューデリジェンス・資金調達手配・意思決定手続きといったプロセスをスピーディに進めておくことで、入札・交渉戦略の組み立てにおける選択肢の幅が広がり、オークションでの勝率を高めることができると言えます。

ー 「スピード」が武器として使えるということは分かりましたが、一般論として日本企業は意思決定に時間がかかるという評判も聞きます。実際どうなのでしょうか?

以前と比べると随分状況が変わって、迅速な意思決定によりグローバルオークションでも十分戦える事例が増えてきたと感じます。変化の理由は幾つかあります。

一点目は、日頃より買収戦略を明確化・アップデートし、潜在的な買収ターゲット企業をあらかじめ特定している企業が増えたことです。これにより買収ターゲットについて事前にスタディ(時にはアプローチ)済みであり、ある程度準備運動ができているのです。逆にオークション開始時に売り手から持ち込まれて慌ててスタディを始める、といったケースはあまり見られなくなりました。

二点目は、経営トップ層のコミットメントを伴うプロジェクト推進体制で臨む場合が増えてきたことです。買収戦略の目的に照らしてデューデリジェンスや交渉における検討事項の優先順位付けも明確となっており、プロジェクトにおける時間とコストの使い方がスマートになりました。

三点目は、機関決定手続きの柔軟な運用の浸透です。交渉権限の一任や臨時取締役会の開催など、M&Aの実情に即した工夫や運用が見られます。M&Aにおける迅速な意思決定の必要性がきっかけとなって、前例主義を撤廃し柔軟な運用が導入されるケースも増えています。

ー 「確実性」とはどういう要素でしょうか?また具体的にどうすれば「確実性」が高い入札書を準備できますか?

確実性とは、売り手から見た場合に、ある買手がサイニングに至る確実性、クロージングに至る確実性、そしてクロージング後の手離れの良さ、等を指します。入札書の内容で言うと、デューデリジェンスの積み残しや、買収契約に織り込むクロージング条件(Condition Precedents)その他のマークアップが相対的に少ない、といった形であらわれます。売り手が最も避けたいシナリオは、売却にむけてプロジェクトを立ち上げ、情報整理、マネジメントプレゼンテーションやデューデリジェンス対応といった一連の努力を行った挙句に、何らかの理由で結局サイニングできない、あるいはサインしてもクローズできない、という事態です。どんなに高い提示価格が記載された入札書を受け取っても、クローズできなければ全く意味がないため、確実性に不安がある入札書の競争力はおのずと限定的になってしまいます。

買手として入札内容の「確実性」を高めるためには、デューデリジェンスや交渉における買手にとっての「重要性」の基準を事前に議論して決めておき、①本当に重要なポイントに絞ったデューデリジェンスをする、②クロージング条件や売手の補償義務といった契約論点の交渉も重要なものに絞って勝ち取りに行く、といったリスクアプローチを徹底する(=少額なリスクや机上の理論にすぎないリスクには拘らない)という工夫が必要です。また、クロージング後の補償義務に関しては表明保証保険を上手く活用できることも重要です。

ー オークションでの勝敗を左右する大事な要素が、価格だけではないということが良く分かりました。案件ごとに何が重要かを分析して入札戦略を検討し、短期間で実行するのは簡単ではなさそうです。

簡単ではないですが、これをアドバイスすることもファイナンシャルアドバイザーの仕事です。「本件は絶対に勝ちたい」という思いで買収案件を検討しているクライアントに対して、その強いコミットメントを実際の戦闘力として具体化するアドバイスをします。他にも「絶対に勝ちたい」と考えている買手候補が存在し、全力で知恵を絞り、勝ち取りに来るなかで、実際勝てるのはただ1社のみ。レベルの高い戦いですから、クライアントのコミットメントに加えて、ファイナンシャルアドバイザーによるアドバイスの質が、勝敗を大きく左右します。

ー 最後に、今回のトピックに関連し、今後予想されるトレンドについてコメントをいただけますか?

今後もグローバルM&A市場で買手としての日本企業の存在感が増していくと考えます。今回触れた意思決定スピードの向上もあり、戦う力が向上しています。また昨今の地政学的ダイナミズムのもと、欧米の売手にとって日本企業は一般的に望ましい買手候補であると言えます。更に、引き続き低金利を享受できる日本企業の資金調達力も有力な武器です。総じて、日本企業にとっての海外企業買収機会という点で、大きなチャンスが訪れていると言えます。

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