The Takeaway |「同意なき買収」が世の中を変えるのか?中尾洋一朗とのQ&A
「同意なき買収」という言葉を耳にする機会が増えているのではないでしょうか。2023年8月に経済産業省が公表した「企業買収における行動指針」により、上場会社の買収を巡る当事者の行動の在り方などが示され、企業のマインドも徐々に変化しています。
今回は、実際に主に上場企業の買収/売却案件を多く手掛けている中尾洋一朗(当社クロスボーダー&スペシャル・ソリューションチーム)が、現場で今起こっている変化を、自身の肌感覚とともに解説いたしました。
ー 「企業買収における行動指針」が公表され1年超が経過しましたが、日本企業のM&A市場に大きな変化を実感していますか?
確かに新聞紙面や我々の資料上にも、「同意なき買収」という言葉がキーワードとして増加し、それに関連すると考えられる取引は増加しているように見えます。これまでは、「敵対的買収」という言葉に象徴されるように、同意が得られていない買収はタブー視されていましたが、本指針の公表で、より一般的な企業戦略の選択肢として意識され始めたと思います。
ー 実際に「同意なき買収」を検討・実施したいという企業からのお問い合わせも増えているのではないですか?
実感としては世の中で騒がれている以上に、この類のご相談が増えているという訳ではありません。私たちは普段から多くの企業と買収ターゲットに関する議論を行っていますし、これらの企業においては、本指針の公表以前から、意中の買収ターゲットを深く研究し、買収機会があれば動けるよう議論をしていますので、その点での変化は大きくはないと思います。
ー そうすると、世の中はそれほど変わっていないという実感でしょうか?
一方、本指針により買収ターゲット側の検討プロセスや判断軸の原則が示されたことで、買収を検討している企業が、買収ターゲットに対してアプローチしやすくなっているのは確かです。「同意なき買収」がタブー視されなくなったということを背景に、買収側の積極的なアクションの選択肢は増えたかと思います。表に出ている以上にターゲット企業への積極的な打診は増加している印象です。また、これに絡んで、海外からインバウンドM&Aのご相談も増加しています。
また、顕著に変化している点をあげるとすれば、買収側よりもむしろ「買収ターゲットとなりうる企業」や「市場参加者」の意識が大きく変わってきていることの方がポイントだと思います。
ー 買収ターゲットになりうる企業側にもそういった変化は見られるのですね?
東証の市場改革等で、株価を意識した経営に意識が向いていた状況下、本指針が公表されたことで、自らが「同意なき買収」のターゲットになってしまうのではないかという観点でのご相談は多くなりました。様々な議論を通じて、これまで曖昧だったガバナンスや企業価値に対する考え方が整理されてきているという印象はあり、逆の見方をすると、買収提案を真摯に検討できる素地ができつつあると思います。
ー 買収ターゲットになり得る企業側が本指針の内容をしっかり理解することが、マーケットを変えることになるということですか?
まさに本指針の狙いでもあると思います。正しい判断軸がなく買収提案に対して何でも反対するような企業だと、買収提案しても「本当に結果が伴うのか?」「買収後に禍根を残さないか?」などと、買収側も積極的なアプローチについて尻込みしてしまいます。
ターゲット企業や市場が、本指針に沿って物事を判断するようになると、その検討プロセスの中で、買収提案に対して同意を得られる蓋然性も高まりますし、誤った判断をすれば市場も声を上げるようになることから、更に買収提案を積極的に行いやすい環境になると思います。
ー 投資家側も変わってきていますか?
M&A取引に関して、その交渉経緯や取引条件について、立ち止まって考えてみるという行動に繋がっているのではないでしょうか。最近のTOB事例等をみると、十分なプレミアムが付されていても市場株価がTOB価格を上回る事例も散見されます。アクティビスト株主の存在や「他の買収候補者が現れるかもしれない」という期待感が主な要因かと思いますが、本指針後はより顕著に対抗提案を意識した株主行動がみられるようになっています。
ー 「同意なき買収」が米国のように一般的になるには時間が掛かるでしょうか?
指針に沿った真摯な買収提案が増え、買収ターゲットとの対話が進んでくると、同意を得ていない段階で提案を公表する企業も増えてくるでしょう。当局対応も含め、予告TOBに関する実務的な対応についてもプラクティスが積み上がってきていることもあり、大きな課題はありません。
更に、具体的な事案がその時間軸を早める可能性もあります。そういった意味でセブン&アイ・ホールディングスへの買収提案に関する議論の行方などを注視しています。
ー 「同意なき買収」を、フィナンシャルアドバイザー(FA)としてサポートしていただくこともできるのですか?
勿論サポートしています。私たちはどの金融機関にも属さない独立系プロフェッショナルファームですので、利益相反が生じにくいですし、クライアントの最善の利益を追求することができるという意味では、腕の見せ所かと思います。ただ、本指針で述べられている表現に従うと、真摯な提案であることが必要ですので、先ずはお気軽にご相談いただきたいです。
ー もし、意中のターゲット企業がある場合には、どうアプローチするのが良いのでしょうか? 積極的に提案すれば良いですか?
意中のターゲット企業に対して、「買収したい」と形を整えて提案すれば良いということではないです。真摯な提案が求められますし、基本的にはターゲット企業から同意を得られることを目指し、丁寧なアプローチを通じて、信頼関係を構築しながら対話を進めていくことが望ましいです。
先ずはドアノックをすることから始まりますが、その前に本指針の判断軸に沿った準備が重要です。買収側の目的のみならず、ターゲット企業側にとって、自らの買収提案が何故最善の選択肢になるのかをしっかりと整理し、丁寧にロジックを積み上げていくことが必要かと思います。
ー 最後に、今、企業が取り組むべきアクションについてのお考えを聞かせてください。
前述の通り、真摯な買収提案については、今後も増加し続けると思います。「いつ意中の企業に買収機会が訪れるか」、「いつ思わぬところから買収提案を受領するか」は誰にも分かりません。このようなタイミングが来ると、時間は待ってくれません。膨大な検討と判断を限られた時間で行う必要が出てきます。そういう意味では、買収側もターゲット側も、事前の頭の体操と日頃の議論が重要であり、これにゼロから挑むのは無謀とも言えます。
私たちのような他事例に携わってきた専門家との会話も参考になると思いますので、活用いただくのも一つの選択肢かと思います。
記事監修
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