The Takeaway |グローバル投資家は日本企業をどのように評価しているのか、久保田朋彦とのQ&A 〜Tybourne Capitalによるjinjerへの出資とPotentia Capital / J-STARへの売却事例を参考に〜
昨年9月、豪州Potentia CapitalとJ-STARがクラウド型人事労務システムを提供・開発するjinjerを買収しました。もともとjinjerは、2021年に親会社からカーブアウトして設立された会社で、2022年に成長資金を提供したのが、サンフランシスコと香港を拠点とするグローバルPEファンドのTybourne Capitalです。
本案件で、フーリハン・ローキー(以下HL)はセルサイドアドバイザーとして、当社ならではのグローバル投資家ネットワークを活用し、jinjerの次の成長フェーズを支援できる新たなパートナーへの譲渡に導きました。
今後もグローバル投資家による日本企業の買収・売却が増加すると見込まれる中、グローバル投資家の視点や、その意義、成功のポイントについて、本案件をリードした久保田朋彦(当社ビジネスサービスグループ共同代表)が解説いたしました。
ー どのような背景で本件に取り組むことになったのでしょうか?
jinjerを含む人事労務システムのSaaS業界には以前から注目し、各社と議論を重ねてきました。人事労務領域はERPや会計領域と比べて中小規模のプレイヤーが多く、絶対的なリーディングプレイヤーが不在の状況です。今後、M&Aを含む経営統合や業界再編が進むと予想していました。
また、グローバルプレイヤーの海外での買収事例に基づき、HLのテクノロジーチームの知見を活用し、グローバル投資家を活用した売却提案が可能だと判断しました。これらの背景から、HLは各社との協議を通じて、Tybourne Capitalや他の株主と共にjinjerの売却プロセスを検討しました。
IPO志向が強い国内でのレイトステージグロース企業におけるM&A(以下「トレードセール」)は欧米と比較して少ない一方で、日本のHR SaaS市場に対する国内外の投資家・ストラテジックからの関心を事前に確認できていたこともあり、本件取り組み判断の要因となりました。
ー Tybourne Capitalについて教えてください。また、同社がjinjerへ投資した背景は何だったのでしょうか?
Tybourne Capitalは、元Lone Pine CapitalのManaging DirectorであるEashwar Viswanathan Krishnan氏が設立した、香港とサンフランシスコを拠点とする投資ファンドです。ファンダメンタル分析を得意としており、jinjerの成長資金を供給する目的で投資を行いました。
同社は、日本の同業界企業が海外企業と比べて割安であり、成長の余地があると評価しました。また、業界内で絶対的な勝ち組がいない点も投資決定の要因でした。Tybourne Capitalは資本投入により、jinjerを日本を代表する人事労務システムSaaS企業に成長させると考えました。
特に、jinjerは、強い営業力と統合データベースを軸とした製品開発力を基に順調な成長を続けていたため、その成長を加速するために資本投入が重要だと判断しました。
ー 投資後2年でのトレードセールとなった理由は何ですか?
人事労務システムSaaS業界だけでなく、東証グロース市場の低迷が今回の判断に影響しました。2022年4月の市場再編以降、東証グロース市場指数は2024年10月末時点で77と低調に推移しています(東証プライムは138、東証スタンダードは122)。
加えて、SaaS上場市場においては、これまでより一層に規模の経済と収益性の両軸が重視される傾向が強まっています。このため、売上数十億円規模でIPOを目指すグロース企業にとっては、厳しい市場環境になってきました。一般的に、売上規模100億円以上の企業がそれ以下の企業よりも高い評価を受ける傾向があり、評価指標としてPSR(株価売上高倍率)の平均は、売上100億円以上の企業で平均約5倍、一方で100億円未満では約3.5倍となっています(2024年10月末時点)。さらに、成長率と利益率の合計が40%以上であることを示す「Rule of 40」も、投資家による評価基準として重要です。
こうした市場状況を踏まえ、Tybourne Capitalは上場によるイグジットではなく、M&Aセールによるリターン最大化を選択しました。
ー 日本に未進出のPotentia Capitalを買い手として選ばれた経緯は何でしょうか?
Potentia Capitalを買い手として招聘できたのは、HLのグローバル投資家ネットワークを活用した成果です。HLは日常的にグローバル投資家と連携しており、売上の80%が関連トランザクションです。
Potentia Capitalはシドニーを拠点に持ち、テクノロジー分野への投資経験が豊富です。今回のプロセスにおいても、HLが情報提供や市場動向の共有を行い、同社の真剣度を確認できたことが契約成立の鍵となりました。
また、Potentia Capitalは2015年にHRおよび給与計算ソフトウェア企業Ascenderに投資した実績があります。日本の投資経験がない中で本件を検討したグローバル投資家も多数いた中で、Potentia CapitalはJ-STARを協働パートナーに招き、投資後の運営リスクを軽減しました。
ー その他のグローバル投資家の関与やテクノロジー企業への関心について教えてください。
本件では多くの海外投資家がプロセスに参加しました。最終的にPotentia Capital / J-STAR連合が買い手に決まりましたが、他の投資家も引き続きテクノロジー領域に関心を持っています。
特筆すべきは、グローバル投資家が成長余地のある企業に対して事業会社よりも高い評価をする傾向がある点です。事業会社がシナジーを見込んだ評価を行う一方で、投資ファンドはイグジット時の事業計画を重視します。今回の案件は、DCFなどの通常評価だけでなく、ファンド視点の分析の重要性を示しました。
ー M&Aマーケットのトレンドや展望についてコメントをお願いします。
今回の案件は、グローバル投資家が日本のグロース企業に注目している一例です。日本ではVCからの出資後にIPOを目指す流れが主流でしたが、イグジットオプションの多様化が進む中でグローバル投資家へのトレードセールも新たな選択肢として浮上しています。
グローバル投資家の資金とノウハウを活用し、多くの日本企業が国際的に飛躍することを期待しています。
記事監修
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