The Takeaway |赤字事業売却の要諦と、欧州・事業再生の最前線について、山崎洋一とのQ&A
当社が2024年に上場企業の経営層を対象に実施したアンケートでは、「年に一回以上、取締役会で事業ポートフォリオの見直しを実施する」割合が全体で50%超、時価総額5,000億円を超える大企業では実に70%超という結果が出ました。事業をポートフォリオとして捉え、入れ換えを検討していく考え方は着実に根付きつつあります。他方、いざノンコア又はその候補と位置付けた後の工程こそ肝心ですが、当該事業をどう処理するか、仮に売却するとしても買い手がいるのか、悩んでいる企業は多いです。
今回は、主に欧州中心に海外での売却案件を数多く手掛ける山崎洋一(当社クロスボーダー&スペシャル・ソリューションチーム共同ヘッド)が、事業売却のコツや欧州の事業再生の最新事情を解説します。
ー まずは赤字事業を売却する上での留意点を教えてください。
最初から答えになっていませんが、事業や子会社売却のコツは、赤字になる前、つまり競争力が残っているうちに売ることです。売ろうか売るまいか悩むくらいがベスト・タイミング。何の未練も無くなってからでは、買い手を見つけるのは困難です。清算するか、仮に売れても買い叩かれるのが落ちです。
ー しかし言うは易しで、実際に黒字のうちに売却するという経営判断は容易ではないですよね。どのように判断すればよいのでしょう?
経営者から事業を売るべきか否かのご相談をよく頂きますが、その時私がいつもお聞きするのは『その事業の競合他社と比べて、同レベル以上の投資を続けますか?』です。業界によって絶対額や売上比、或いは設備投資だったりR&Dだったり、計測方法は様々ですが、要は業界平均以上に経営資源を投下し続けるか自問してください、ということです。
ー どのような答えが返ってきますか?
3パターンに大別されます。①(競合より投資を)する、②しない、そしてもう一つは、③分からない/把握していない、です。言うまでもなく、②だけではなく、③の場合は迷わず即売却すべきです。
私は、売却・ノンコアの判断において、コア事業との“シナジーの有無”は少し危険だと思っています。例えば、メーカーであれば、異なる製品であっても、何かしら技術的に“関連”があることが多いです。それをもって、コア事業とシナジーがある=ノンコアではない、と結論づけてよいのでしょうか。単に”関連”するだけで、それはシナジーなのか、自分で抱えなければシナジーは生み出せないのか(提携やライセンスでは駄目なのか)線引きが難しいです。よって、売却・ノンコアかの線引き基準は、経営者が、人・モノ・金といった経営資源のみならず、経営者自身の情熱を、その事業に注ぐ覚悟があるか、の方がいいでしょう。
ー さて、最近、欧州の赤字子会社の売却を複数手掛けられたようですが、どういう買い手がいるのでしょうか?
こと赤字を止めるために人員削減等が必要なケースでは、買い手となるのは、事業会社よりも金融系、なかでも再生系の投資家が買い手になることが多いです。当社日本チームが実際に売却した先のAequita(イキータ)やCertina(セルティナ)、老舗と言われるMutares(ムタレス)といった投資家が欧州の再生投資の世界では有名ですが、あまり日本では知られていませんよね。我々が近年新聞等で頻繁に目にするプライベート・エクイティ(PE)ファンドとは異なる投資家層ということです。上記3社以外にも、例えばドイツのミュンヘンだけでも、再生を専門とするファンドは両手両足に余るくらい数多く存在します。
再生ファンドの多くは、金融バックグラウンドのM&A専門家だけではなく、事業会社やコンサル出身のオペレーション改善部隊を自前で抱え、前述した人員等のコスト削減や工場閉鎖、東欧・アフリカへの製造移管等の経験を有しています。再生経験のあるプロ経営者を連れてきて現幹部を入れ替えるのも得意です。決して魔法のようなノウハウという訳ではなく、必要と分かっていても日本企業には”決断”と”実行”が難しい荒療治を、彼らは日常の「業」としてやっているのです。また、彼らの多くは厳密には多数の投資家から資金を集める“ファンド”ではなく、ファミリー・オフィスと呼ばれる富裕層の資産管理会社であり、5年以内にexitといった縛りがなく、比較的長期且つ柔軟な投資ができることも特徴です。
ー ドイツというと自動車業界中心に人員削減などのニュースを最近よく目にします。再生ファンドにとって投資機会も多そうですね。
自動車業界を例にとると、よく日本の部品メーカーの方から、「再生ファンドが部品メーカーを買収することを欧州の完成車メーカーが良しとするのか?」とご質問を頂きますが、答えはYesなのです。欧州の自動車業界は今後もしばらく厳しい状況が続くと言われていますが、再生ファンドは、ある種エコシステムの一部として欧州社会に受け入れられており、今後も業績不振事業の受け皿になり続けます。その多くの事業が、リストラで規模を縮小したりしつつも再生ファンドの下で生き続けるのです。
ところで、自動車は一例であって、多くの再生ファンドは、他の製造業やコンシューマ系、サービス業など、様々な業態に投資しています。また、再生ファンドは、必ずしも苛烈なリストラをするとは限りません。買収後わずか数か月で何百人規模のリストラをするケースも確かにありますが、逆に売却前に売り手で建てたリストラ計画を見直し、より穏やかなものに変更したケースもありました。
ー 赤字事業を抱える日本企業は、もっと再生ファンドを活用すべきですね。
そうですね。ただ、彼らも慈善事業ではないので、何でも投資するわけではありません。赤字事業売却の場合、売却価格がマイナス、つまり持参金を付けて売るというケースもあります。それでも、清算する場合と比較し、損失や所要時間を大幅に削減できるという訳です。こと労働規制の厳しい大陸欧州は、多少の持参金を付けてでも売り切ることの金銭的・時間的メリットが莫大であることが多いです。
更に言えば、持参金を付ければ何でも売れる訳ではないです。大きく分けると二つ基準があります。ひとつは、24か月以内に赤字を解消できること。自分=日本企業自身でリストラを”実行”できなくても、1-2年で赤字が解消できる事業計画が描けることです(実行はリストラのプロにやらせる)。ふたつ目は、ぐんぐん成長し続ける必要はないのですが、中長期的に存続する絵が描けることです。先の自動車部品を例にとると、例えば電動化に伴って10年後に完全に消えてしまうことが確実な事業だと厳しいです。多少縮小してでも、電気自動車にも使われるか、或いは産業用など他の領域に転用できる製品の事業ならば、投資対象になります。
彼らは漏れなくタフ・ネゴシエーター、再生のプロであり、M&Aの交渉のプロです。シビアにソロバンをはじきながら厳しい交渉をしてきます。
ー 彼らとうまく交渉するコツは何ですか?
普通の(=黒字の)売却案件と同じですが、複数の買い手候補を競わせることです。要は売り手・買い手で戦うだけではなく、買い手同士で戦わせることです。特にプロの再生ファンドは、競争が無い状況では、果てしなく売り手の足もとを見てきますから。慈善活動家とは正反対ですよ。
ー しかし、赤字事業の場合、複数の買い手候補を連れてくるのは難しいのでは?
どの売却案件でも、買い手候補に対象事業を評価するための情報パッケージ(IM:インフォメーション・メモランダム)を準備しますよね。この中身が普通の売却案件と違う点なのですが、IMの中で、売却対象事業の弱みをはっきり投資家に示す/晒すことが赤字事業売却では大事です。
普通の(黒字の)売却案件では、その事業の強み(インベストメント・ハイライト)ばかりを、5~8つ挙げますよね。高い技術力・ブランド力、優良な顧客基盤、優秀な経営陣、等々です。赤字事業の場合、これでは売れません。なぜなら、そんなピカピカな事業であれば赤字にはならない訳で、強みばかりのインベストメント・ハイライトは嘘だからです。無論、強みゼロの事業は、どんなに持参金を積んでも売れません。強み3つ、弱み3つ、というイメージです。技術はあるが営業が弱い、売上は安定しているがコストが過剰、といった具合です。再生ファンドにとっては、この「弱み」こそ「うま味」=投資リターンの源泉なのです。
今回は触れませんでしたが、欧州、特にドイツの倒産法は特殊なので、普通のM&Aをやっていても耳慣れない論点やリスクが多々あります。これらに留意しつつ、正しい買い手(例:再生ファンド)群に正しい売り方(例:弱みも晒す)でアプローチすれば、赤字事業でも売れるということです。ただ、冒頭に申し上げた通り、より高く売って、成長投資の資金を作るためには、赤字になる前の「攻めの売却」の決断が重要です。
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