The Takeaway |いよいよ「金商法改正」。さらっと読める概要と展望 ~公開買付制度を中心とした改正内容~ 中尾洋一朗とのQ&A
2026年5月1日に、いよいよ改正後の金融商品取引法(以下、「金商法」)が施行されます。本年度の改正は公開買付制度の変更を中心に比較的大規模なものです。既に様々な媒体でも話題として取り上げられていますが、専門的な用語も多くポイントが分かりにくいという声も聞こえてきます。そこで、今回は「より分かりやすい言葉」で、改正の概要をおさらいするとともに、最新のM&Aトレンドにどのような影響をもたらし得るのかという観点で、公開買付案件に多く携わっている中尾洋一朗(当社クロスボーダー&スペシャル・ソリューションズチーム)にその見解を聞きました。
ー まずは公開買付制度の改正で、何が大きく変わるのでしょうか?
今回の改正の最大のポイントは、これまで非常に複雑だった公開買付け(以下、「TOB」)の適用対象が比較的シンプルで分かりやすい基準に整理されたことです。買付け後の株券等所有割合が30%を超えることとなる買付けは原則TOBでの買付けが必要となると考えると分かりやすいと思います(なお、5%を超える多数の者からの市場外買付けは、従来通り、引き続きTOBの実施義務があります)。
具体的には、
①これまで規制対象外だった市場内での買付けも規制対象に含め、
②TOBが必要となる所有割合の閾値を「3分の1」から「30%」に統一しました。一方で
③急速買付ルールが廃止されています。また、
④TOB義務の判断基準となる株式保有割合の計算に変更があり、これまで特定に労力を要していた買付者の特定の親族や特別資本関係を有する法人等の役員の保有株式等が除かれることとなりました。併せて、
⑤TOB価格の引き下げやTOBの撤回に関する事由が拡充され、実務面で課題を生じていた手続きの柔軟化が図られました。例えば、対象会社がTOB期間中に配当を実施する場合にTOB価格の引下げが可能になることなどが挙げられます。開示面においては、
⑥公開買付届出書の記載内容の更なる明確化が図られる一方で、応募株主に交付する公開買付説明書の内容の簡素化などが定められています。
ー 今回の改正の背景には、何があったのでしょうか?
従来のルールでは、買収者が市場内での急速な買付けなど、TOBを介さない手法で、会社の支配権に影響を与える株式を取得することが可能でした。その一方で、少数株主が、当該取得による会社への影響を十分理解した上で、公正な価格で売却する機会を逸してしまっているケースが生じていたということになります。
今回の改正は、こうした制度上の歪みを是正し、M&Aプロセスの透明性と公正性を確保することで、すべての株主が公平な条件で取引に参加できる機会を得られるようにすることを主な目的としています。また、実務的な負担や不都合を解消するための制度の柔軟化も進められました。
ー 経済産業省のM&A指針と、今回の法改正は整合するものですか?
はい、両者は極めて整合的であり、相互に補完し合う関係にあります。M&A指針が行動規範であるのに対し、本改正はそれを支えるための具体的な法的枠組みと位置づけられ、指針が謳う「少数株主の利益への配慮」という考えをTOB規制の強化が制度的に担保する関係であると考えると分かりやすいと思います。両者が一体となることで、日本のM&A市場の公正性をより高いレベルへ引き上げることが期待されます。
ー 今後TOBを行う場合、留意しなければならない点はありますか。
例えば、買付予定数の下限設定(条件変更を含む)などはこれまで以上に留意が必要です。
これまでのルールでは、過半数を取得している株主がさらに市場内外で買い増す場合(但し3分の2未満)にTOBが免除されていましたが、これが廃止されます。改正後は、30%超の株主が短期間に一定割合以上(単純化すると6ヶ月で0.5%超)の株式を追加取得する場合も、原則としてTOBが必要になります。
スクイズアウトを目指す取引において、昨今のTOBでは下限の設定を3分の2未満にしてTOBの成立確度を高め、TOB成立後、スクイズアウトの承認に必要な議決権を確保できない場合には市場内で追加取得を行うという手法が見られました。しかし、改正後は市場内での買付けに制限が掛かることとなり、3分の2未満の下限を設定する場合には少数株主への強圧性もこれまでより高まることとなります。
ー アクティビストの活動や同意なき買収といった点では、どのような影響があるでしょうか?
30%まではこれまで通りTOBを介さず買付けることは可能ですので、初期的なアプローチとしては大きな変化はないのではないかと考えます。一方で、後述で触れる大量保有報告書に関するルール変更により重要提案行為や5%超取得行為の内容をより具体的に記載する必要が出てくることから、これまでより早期にこれらの内容や目的が公表される可能性はあります。
引き続き、市場の規律付けという点において、アクティビストの存在意義は維持されるでしょう。また、同意なき買収についても、より早い段階から少数株主を巻き込んだオープンなアクションへと変化していくものと考えられます。
ー 話を戻して、新しい制度では、急速買付けの制度が廃止になったと話題になっていますが、少数株主にとって不利益にならないのでしょうか?
急速買付けの廃止は規制の後退ではありません。複雑だった従来のルールが、市場内外を問わない厳格な「30%ルール」に統合された結果であり、少数株主の保護はむしろ強化されています。
ちなみに急速買付けの制度が廃止になることで、例えば、ある株主から相対譲渡で20%の株式を取得し、その3ヶ月以内に独立した取引として第三者割当増資などで支配権を新たに取得することも規制の対象外となります。ただし、今回の改正で、買付け時点で合意していた「株式発行による取得予定分」を株券等所有割合の計算に加えることとなりましたので、買付けの当初から合意された一連の取引で支配権を取得するということはできません。
なお、急速買付けの廃止で可能となる取引のうち、取引の一連性が疑われるものについては、少数株主が不利益になっていないかという観点で実質的な判断がなされるとの認識ですが、実務的にどのような運用で監視されるのかという点は、注視しておく必要があると考えます。
ー 逆に、並行買付けができるようになったという話題もありますが、どういうことですか?
一方で「並行買付け」は、これまで禁じられていたTOB期間中のTOB以外での株式の買付け(別途買付け)を一定の規律の下で可能にするものです。
あらかじめ公開買付届出書に取引内容を記載しておくことで、例えば、一般株主からTOBを通じて株式を取得すると同時に、あらかじめ合意した大株主から市場外の相対取引で株式を譲り受ける、といった取引が可能になります。この際、大株主からの買付価格はTOB価格を超えてはならないなどの厳格なルールがあり、こちらも少数株主の利益を損なわない合理的な制度設計となっています。
ー 今回の改正に反映されなかった課題もあるのでしょうか?
はい、金融審議会の報告や議事録を見ると、今回の改正に反映されなかった論点もあるようです。例えば、部分買付けにおける「強圧性」(株主が不本意な応募を強いられる問題)への更なる対応や、不公正な方法による公開買付けに対する「救済制度」(差し止め制度など)のような法的な話題が挙げられます。また、身近なものでは、口座開設や移管手続きなどを伴う応募手続きが煩雑なため、もっと個人株主が応募しやすくなる工夫も検討して欲しいという意見もあり、別の視点での一つの課題かと考えます。
ー 大量保有報告制度の変更点も簡単に教えてください。
はい。主に3点です。
①まず、機関投資家の協働エンゲージメントの促進を念頭に「共同保有者」の範囲が明確化されました。これにより、大量保有者の定義の曖昧さが一部解消され、エンゲージメント活動の萎縮効果が低減されると期待されます。
②次に、現金決済デリバティブ取引(直接株式を保有せずとも、株価に連動して経済的利益を得る契約)も、将来的に現物株を取得する権利があるなど、一定の目的がある場合は実質的な「保有」と見なされるようになります。
③最後に、最もM&A関連で影響のある点ですが、「保有目的」の記載が拡充され、実施又は今後予定されている重要提案行為や5%超取得行為などの具体的な内容(時期、方法、目的など)を開示することが求められるようになります。
ー 最後に、今回の金商法改正がM&Aマーケットに与える影響を総括してください。
今回の金商法改正は、単なる技術的なルール変更ではなく、日本のM&A実務に影響を与える構造的な変革です。その根底には「透明性」「公正性」そして「対話」というキーワードがあると考えます。
ルールの簡素化と透明性・公正性の向上が、健全な市場の発展と、海外からの対日投資促進に繋がることが期待されます。私たちも、この新しいルールの中でクライアントの皆様と共に、企業価値向上に貢献できるよう、的確なアドバイスを提供していく所存です。
記事監修
この記事を監修している弊社担当者です。
