The Takeaway |日本企業は、いかにしてグローバルM&Aの勝者となったのか――『慎重かつ速い』買い手への進化、クリス・ヒグネル氏へのQ&A

The Takeaway(Q&Aコラム) 

近年、日本企業がグローバルM&A市場で存在感を急速に高めています。かつては「慎重で遅い買い手」と評されることも少なくありませんでした。

しかし今、その評価は大きく変わりつつあります。豊富な資金力に加え、株主価値への意識の高まりや意思決定の迅速化を背景に、日本企業は世界の優良資産を巡る競争の中で有力な買い手として注目を集めています。

何が日本企業を変えたのでしょうか。そして、なぜ世界の売り手企業は日本企業に期待を寄せるのでしょうか。

数多くのクロスボーダーM&A案件を支援してきたクリス・ヒグネル(インダストリアルグループ東京オフィス所属)が、その背景と成功の要因を解説します。

ー 日本企業はグローバルM&Aオークションでどのような見方をされているのでしょうか?

世界の売り手企業が日本企業に共通して抱く評価は、大きく3つあります。「高い信頼性」「長期的な視点」、そして「確かな取引遂行能力」です。

日本企業は以前から、魅力的でリスクの低い買い手として認識されてきました。買収後も経営陣や従業員、企業文化、ブランドを尊重する姿勢は高く評価されており、短期的な利益を追求する買い手というより、企業の成長を長期にわたって支えるパートナーとして受け止められています。

この長期志向は、優良資産に対して戦略的なプレミアムを支払う余地にもつながっています。加えて、銀行との強固な関係を背景とした高い資金調達能力は、日本企業の大きな強みです。市場環境が不安定な局面でも、売り手にとって魅力的なバリュエーションと高い取引実現性を両立できる存在として評価されています。

さらに近年、日本企業を取り巻く環境は大きく変化しました。コーポレートガバナンス改革や株主アクティビズムの進展により、資本効率と株主価値向上は経営の最重要テーマとなっています。その結果、非中核事業の売却を進める一方で、明確な成長戦略に基づく海外M&Aへ積極的に資本を振り向ける企業が増えています。

こうして、日本企業は新たなステージへと進化しました。従来の安定感に加え、グローバル市場で求められる機動力とスピードを兼ね備えた買い手として、その存在感を高めているのです。

ー 歴史的に、日本企業がグローバルオークションで苦戦していた要因は何ですか?

長年にわたり、日本企業の最大の課題は意思決定の遅さでした。

戦略性が高く信頼できる買い手として評価される一方で、スピード勝負となる国際的な競争入札では、従来のガバナンス体制が足かせとなる場面も少なくありませんでした。

欧米のM&Aオークションでは、数週間という限られた期間の中で企業評価、デューデリジェンス、取締役会承認までを完了することが求められます。しかし日本企業は伝統的に合意形成を重視し、多層的な承認プロセスを採用してきました。そのため、有望な案件であっても意思決定が間に合わず、競争から脱落してしまうケースがありました。

デューデリジェンスにも同様の傾向が見られました。慎重なリスク管理文化ゆえに、重要な論点へ優先的に焦点を当てるのではなく、あらゆるリスクやオペレーション項目を同じ重みで検証しようとする傾向があったのです。

さらに、買収後の人材確保も課題でした。欧米では業績連動ボーナスや株式報酬を組み合わせたインセンティブ制度が一般的ですが、日本企業ではこうした仕組みが十分に浸透しておらず、国際的に競争力のある報酬パッケージを提示することが難しい場面もありました。

ー 日本企業はこうした課題をどのように克服しているのですか?

最も大きな変化は、日本企業自身がこうした構造的な課題を正面から認識し、M&Aの進め方そのものを変え始めたことです。

近年では、固定された取締役会の日程を待つのではなく、専任チームに一定の権限を委譲し、必要に応じて投資委員会や取締役会を臨時開催する企業が増えています。これにより、ガバナンスを維持しながらも競争入札に対応できるスピードを実現しています。

準備の考え方も変わりました。案件が市場に出てから動くのではなく、有望企業との関係構築を数年前から進め、世界有数のアドバイザーと連携しながら機会に備える企業が増えています。

また近年は、表明保証保険(RWI)やリバース・ブレークフィー(買い手による解約違約金)、より強固なクロージングコミットメントなど、欧米市場で一般的な取引手法の活用も進んでいます。これにより、売り手にとっての安心感が高まり、取引後のリスク軽減にもつながっています。

PMI(買収後統合)の領域でも進化は顕著です。重要人材の流出を防ぐため、欧米の水準と比べても遜色のない、競争力の高い報酬制度を導入する企業が増えています。

さらに、「グローカル(Global + Local)」な経営モデルを採用し、現地経営陣に高い自主性を与えながら、日本本社との戦略的一体感を維持する手法も広がっています。とりわけ複雑なカーブアウト案件ではその成果が顕著であり、日本企業が世界市場で勝ち抜き、成長できることを示しています。

ー 売り手やアドバイザーは、日本企業の参加やエンゲージメントを最大化するために何をすべきですか?

鍵を握るのは、日本企業を早い段階からプロセスに巻き込むことです。

正式なオークション開始前から接触することで、日本企業側は経営陣との認識共有や社内調整を進めることができ、入札開始時には十分な準備を整えた状態で臨むことができます。

デューデリジェンスにおいても柔軟な対応が重要です。重要な事業情報を早期に開示し、経営陣との対話機会を前倒しで設けることで、日本企業は限られた時間の中でも必要な検証や社内承認を円滑に進められます。

また、経営陣の継続雇用や後継者計画について明確な方針を示すことも有効です。買収後の事業運営に対する不確実性が低減され、買い手の安心感につながります。

最終的には、日本企業特有の意思決定プロセスを理解し、それに配慮することが重要です。確かに社内調整には時間を要することがあります。しかし、一度意思決定が下されれば、そのコミットメントは極めて強固です。

この特性を理解する売り手は、高い資金調達能力と長期的な経営視点を持つパートナーを得られるだけでなく、終盤での案件失速リスクを抑えることもできるでしょう。

ー この記事のテイクアウェイ(要点)は何ですか?

かつて日本企業は、「慎重だが遅い買い手」と見られていました。

しかし今、先進的な日本企業は「慎重でありながら速い買い手」へと変貌を遂げています。この変化は、世界の売り手企業による日本企業への見方を大きく塗り替えつつあります。

ガバナンス改革と資本効率向上への強い意識を追い風に、日本企業の取締役会はグローバル展開を加速しています。そして、強固な財務基盤と長期的な経営姿勢という伝統的な強みに、グローバル市場で求められるスピードと実行力を融合させた新世代の買い手が台頭しています。

十分な資金力を背景に迅速な意思決定を行い、世界の優良資産を巡る競争に果敢に挑む。いま日本企業は、世界のM&A市場においてかつてない存在感を放っているのです。

記事監修

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