メルケル引退 ~ドイツはどこに向かうか~|欧州M&Aブログ(第32回)
2022年最初のブログとなります(また前回から少し期間が開いてしまいました)。オミクロン株が猛威を振るっていますが、今年こそは世界の状況が落ち着くことを切に願うばかりです。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
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さて今回のブログは、フランクフルトに駐在経験のある私としては思い入れの深い、ドイツのメルケル首相引退について取り上げます。シャルル・ミシェルEU大統領は、メルケルが抜ける首脳会議を「バチカン(ローマ教皇庁)のないローマ、エッフェル塔のないパリのようなものだ」と例えました。4期16年という長きにわたって首相を務めたメルケルが残したものを振り返り、そしてこれからドイツはどこに向かうのか考えてみましょう。
1. Who is Merkel?
メルケルは第8代ドイツ連邦共和国首相です。2005年に最年少(当時51歳)で、初の女性首相として選出されました。いきなり脱線しますが、まずドイツについて少し整理をしましょう。ドイツの人口は約8,300万人(日本の約66%)、面積は日本の約94%、そして16の連邦州から構成される連邦共和国です。各州が独自の憲法、財源を持ち、広範な権限を有しているのが特徴です。ドイツには大統領もいますが、それはあくまで国の象徴であり、儀礼的な目的のため存在しています(ちなみにイタリアも同様です)。大統領に大きな権限が与えられている米国、ロシア、フランスなどとは政治構造が大きく異なります。
メルケルは西ドイツのハンブルクでプロテスタントの牧師の家庭に生まれ、生後数週間後に旧ドイツ民主共和国、つまり東ドイツに移住しました。ある意味東ドイツ出身と言ってもよいかと思います。ソ連軍が東ドイツに駐留していたことからロシア語を学ぶ機会があり、流ちょうにロシア語を操ることができます。そのレベルは東ドイツのロシア語コンテストで3度も全国大会で優勝を飾るくらいに高いようです。必ずしも語学面のみが理由ではないとは思いますが、メルケルはロシアのプーチン大統領が最も敬意を払う指導者です(ちなみにプーチンは旧ソ連諜報機関KGBの中佐時代にドイツのドレスデンに派遣されていたことがあり、流ちょうにドイツ語を話すことができます)。
また、メルケルは実は科学者(物理学者)でもあり、そのバックグラウンドがコロナ対策で発揮されたのはよく知られるところです。
第二次世界大戦後に旧連合国との和解に強力な指導力を発揮しドイツを再び西ヨーロッパに仲間入りさせたコンラート・アデナウアー、ドイツ再統一とユーロによる通貨統合を成し遂げたヘルムート・コール、労働改革により「ヨーロッパの病人」と言われるほど停滞していたドイツ経済に復興をもたらしたゲアハルト・シュレーダー。ではメルケルは何か記憶すべきものを残したでしょうか?何らかの大規模な改革を行ったのでしょうか?
何かといえば必ずノーと言うことから「ミセス・ノー」と呼ばれ、常に熟考し、急を要することを理解しない、日和見主義的、後出し的、緊急財政を押し付けるなど、ネガティブな評価があるのも事実です。
一方で、強い理念を掲げて人々を引っ張るタイプの指導者ではないものの、状況の変化を慎重に見極め、現実的な判断をする人という評価は良く聞かれます。その冷静さは有名で、権力は彼女の心情や人格に全く影響を及ぼさなかったと言われます。しかし、冷静なだけでは長期政権を維持できません。メルケルは欧州債務危機(2009~13年)、欧州難民危機(2015~16年)、そしてパンデミック危機(2020~21年現在)に代表される数々の危機をハンドルしてきましたが、その高い調整力こそがメルケルの真骨頂であり、調整力をいかんなく発揮してドイツ国内および欧州を取りまとめ、そしてドイツのグローバルにおけるポジションを確固たるものにしたことこそが、最大の功績だったと思います。
2. グローバル・ムッティ(お母さん)
メルケルはドイツ国内では愛着を込めてMutti(ムッティ:お母さん)と呼ばれ、支持率は実に75%にのぼりました。「単純な解決はない」「結末に思いを馳せよ」「力は静寂に宿る」といった発言をし、国際社会でも安定した調整力を発揮したメルケルは、ドイツに留まらない、まさにグローバル・ムッティといえる存在でしょう。
メルケルは「EUの将来のほうがBrexitよりも大事です」と言い切り、欧州を一枚岩にすることに大きなエネルギーを注ぎました。欧州をまとめるうえでは、ドイツは第二次世界大戦の苦い経験から「ドイツ一強」と見られることに極めて慎重です。それもあって、メルケルは隣の大国・フランスとバランスを取ることに腐心し、シラク、サルコジ、オランド、マクロンという4人のフランス大統領と共に、欧州統一、グローバルにおける欧州のポジション確保、ロシアの牽制、米国・中国とのバランス確保に力を注ぎました。蛇足ですが、とある書籍にはメルケルはシラクとマクロンが好きだったと言われています。サルコジは血の気盛んな典型的なラテンですし、片やオランドは静かすぎるフランス人だったのかもしれません。
マクロンはメルケルを、「ドイツの経済力・政治力からはそう見えるかもしれないが、メルケルの念頭にあるのはドイツの覇権の追求ではない。メルケルはバランスにこだわる。彼女が後世に引き継ぐ功績はヨーロッパ統合計画にドイツを根付かせたこと」と評しています。メルケルの調整力の高さがなければ、ヨーロッパはとうに崩壊していたかもしれません。
メルケルは米国との関係にもこだわりました。オバマ元大統領がメルケルを賞賛していたのは有名な話で、“現実的だが信念のためには賭けに出る”メルケルは、まさにオバマが手本とするタイプの指導者だったようです(原発廃止や移民政策などはまさに賭けでしたね)。事実、オバマはホワイトハウスを去る前にベルリンに表敬訪問をするほど、メルケルのことを信頼していました。一方、トランプは貿易をめぐって一貫してドイツを攻撃し、ドイツが予算面でNATOに十分な貢献をしていないと主張。ドイツと米国の関係は一気に冷え込みました。バイデンが大統領になった現在は、その関係は改善に向かっています。バイデンは執務室にメルケルを迎えた際、「米国の友人であると同時に、個人的な友人でもある」と歓迎しました。
3. ポスト・メルケルのドイツの向かう先
「ドイツのお母さん」「世界で最も影響力のある女性」「自由民主主義の最後の守り手」のメルケルが去った後のショルツ首相率いるドイツはどこに向かうのでしょうか?
まずドイツ国内について考えてみるに、メルケル政権は「福祉から就労へ」を合言葉にシュレーダー政権が実施した労働改革(特に失業保険給付の削減、短期雇用等の雇用形態の多様化)の果実を享受してきましたが、ショルツ政権についても、その恩恵を受けつつ、目指すところの気候変動対策を重視する政権運営をすることで当面大きな問題は生じなさそうです。
一方で、EU諸国そして米国、中国とのバランスには相当難しいかじ取りが求められそうです。まずEUについて、メルケル時代には①南欧諸国との対立、②東欧諸国との対立、③西欧諸国との対立が生じました。①について、09年10月のギリシャ発欧州債務危機以降、ドイツと南欧諸国の経済格差は広がりました。ドイツが厳しい緊縮財政を要求したことで生じた軋轢は残っています。
②について、15年9月のドイツによる無制限難民受入政策に伴う東欧諸国の移民受入負担(ドイツに到着する前に東欧諸国を通過することになるため)や東欧諸国の中国の一帯一路政策に対する姿勢をトリガーに、ドイツと東欧諸国の間には溝ができています。
③については、英国離脱に伴い権力がドイツとフランスに集中しそうになったところ、西欧小国8か国(オランダ、アイルランド、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、エストニア、ラトビア、リトアニア)が新ハンザ同盟として対抗軸を打ち出しています(ちなみにEU域内のGDP比率でみればドイツは全体の24.8%、フランスは17.4%、新ハンザ同盟は16.4%となり、フランスに近い規模になります)。
難民受入については既に大きく軌道修正がされていること、ドイツは第二次世界大戦の反省からできる限り目立つことを避け、パートナーの意見を尊重する傾向が強いことを考えれば、②と③についてはそれなりに対応可能でしょう。しかし、①の経済問題については、国内世論を意識しつつ、域内の経済格差を抑えながらEU深化を目指すという難しい舵取りが求められそうです。
経済格差の調整が難しい主な理由は、ドイツにとって永遠の割安通貨であるユーロに原因があります。言ってしまえば、ドイツの国力に比して、ユーロという通貨の価値は低すぎるのです。
具体的には、割安通貨のおかげでドイツ製品の価格競争力は高く維持され、製品力も相まってどんどん売れる状況が続いています。事実として、2000年以降の世界における経常収支黒字額のトップ国を振り返るに、2000~2004年は日本の時代、2004年~2009年は中国の時代、そして2010年以降はドイツの時代と言われます(パンデミック特需などで中国のほうが若干上回った年が数年ありましたが)。中国とドイツの経済規模のサイズの違いを考えれば、絶対額としてドイツの経常収支黒字が中国を上回っているということは、相当な規模の黒字を生み出しているということになります。
もっとも、割安なユーロの恩恵に預かれるのはフランスなどその他西側諸国も同様じゃないかという話もあります。この点については、もともとの強い製品力に加え、シュレーダー改革で労働コストを下げたドイツの地力が、他の西欧諸国を圧倒しているということに他なりません。
ユーロ安の恩恵を特定の国が受けている状況は、国力からしてユーロが割高通貨になっている国からすれば、極端な話、搾取の構図のように映ります。ショルツ政権のチャレンジは、いかにドイツの黒字経常収支をEUに還元する筋道をつけられるかということになります。「人権」や「環境」という欧州共通の価値観で勝負するドイツにとって、EU崩壊は必ず避けなければなりません。従ってショルツ政権は、ドイツユーロ圏共同債発行含め、財政統一の点でかなり踏み込んだ提案をしてくるのではと考えています。
欧州域外の国との関係、米国と中国との関係についても考えてみましょう。まず米国については、トランプのような露骨な攻撃はないにせよ、バイデン政権としてもドイツの対米国貿易黒字が大きすぎることは問題視しています。とはいうものの、先述のように永遠の割安通貨ユーロが存在する以上、この点は解決が容易ではありません。そうなると米国としては、貿易黒字についてある程度目をつむるのならば、ドイツの対中国、対ロシア対応については、自分の利益に資するようなものにしてくれるのかという話になります。
実はメルケルは、就任期間中に中国をかなり贔屓にしてきました(例えば在任期間中、訪日はサミットを除けば3回のみだった一方、訪中は12回も実施)。ドイツ貿易に占める各国割合を見ると、メルケルが就任した2005年に中国は4.4%、当時割合として最大だったフランスは9.4%、続く英国は7.0%でしたが、2020年にはトップ外交の効果あってか中国が9.5%と躍進し、フランスと英国は6.6%と4.6%に大きく減少しています。
今では、ドイツ車3台に1台は中国向けと言われます。このようにドイツは経済的に中国に相当依存するに至ったわけですが、米国との関係を考えれば、またショルツ政権が「人権」や「環境」という価値観を軸に据えていることからすれば、経済重視の中国外交は修正がなされる可能性は高いと考えられます。ロシアについても、ロシア‐ドイツ間のガスパイプラインプロジェクトのノルドストリーム2により両国の距離はぐっと縮まっていますが、現在過熱しているウクライナ問題の行方次第では、ドイツは米国やその他西欧諸国との関係を重視し、ロシアとの距離を大きく取ることになると思われます。
国内のみならずEU域内、そして米国と中国・・・ 複雑なパズルを壊さずドイツの成長を実現したメルケルは、やはり偉大な政治家でした。「50年後の歴史書にどのように描かれたいですか?」という質問に対して、メルケルは「彼女は労を厭わなかった」と書かれたいと答えたというエピソードもあります。数年後、メルケル時代を懐かしく振り返る日が来ることでしょう。
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