コロナが増幅させる中国との地政学的リスクのコンロール方法|欧州M&Aブログ(第29回)
日本での生活も約2カ月となりました。日ごろ「日本から見る欧州」を意識して欧州関連情報を集めていますが、目にしやすい情報(つまり日本語の記事)は地理的に近いアジアや米国の情報が多く、欧州関連情報は少ないように感じます。そして、そこから日々感じるのは中国の圧倒的なパワーです。
ここ数年「地政学的リスク」という言葉をよく聞くようになりました。地政学的リスクは「ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスク」と定義づけられるようですが、一帯一路に代表されるような中国の拡大戦略により、中国を起点とした地政学的リスクが世界各地で高まりつつあります。もし世界経済の中国経済への依存度が低ければ、リスクの程度はそこまで高くありません。しかし実際のところ中国経済への依存度は極めて高く、そのリスクは到底無視できません。
コロナにより世界経済は大きな打撃を受けたわけですが、各国の経済回復スピードには大きな差が生じており、それが結果として地政学的リスクを増幅させているように感じます。具体的には、世界は中国の拡大戦略に警戒をしつつも経済回復スピードの早い中国市場への依存度を高めており、中国との関係悪化が甚大な経済損失につながるリスクが相当高まっているように感じるのです。今回のブログでは、欧州がなぜ中国を警戒するのか、そして欧州がいかに中国市場に期待しているのかを整理しつつ、日本企業の中国に関する地政学的リスクのコントロール方法について考えてみたいと思います。
1. 「一帯一路」に見る中国の圧倒的なパワー
15年3月、中国の呼び掛けでアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank “AIIB”)が設立されました。英国が加入を表明すると堰を切ったようにドイツ、フランスをはじめとする欧州諸国やオーストラリア、韓国まで参加を決めました。今では世界100カ国が参加しています(ちなみに日本と米国は参加していません)。
AIIB創設はここ数年で見れば中国が国際経済を引っ張る機関車の役割を果たしていることを最も強く感じさせたイベントでしたが、それとは別にもう一つ中国がぶち上げたものとして「一帯一路」があります。AIIBがリアルな国際金融機関であるのに対し、一帯一路は概念であって実態ではないので分かりにくいところがあります。一帯一路とは一体何なのでしょうか?
一帯一路は欧州まで続く現代版シルクロードと言われたりしますが、アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐ物流ルートを作って貿易を活性化させ、経済成長につなげましょうというコンセプトです。あまりに壮大なので歴史物語のように聞こえてしまいますが、実態としては「中国企業がアジアの発展途上国や欧州各国のインフラ事業を支えるプロジェクト」と考えると、入り口の理解としてはシンプルかもしれません。
なぜインフラ投資なのかという点についてですが、リーマンショック後の世界経済を立ち直らせたのは、膨大なインフラ投資による中国経済の急回復でした。過剰なインフラ投資余力を持つに至った中国は、インフラ投資が一巡した国内市場のみではそれを使い切れません。そこで「一帯一路」というブランディングのもとインフラ輸出をしつつ、それを梃子に各国に影響力を及ぼしていこうというわけです。米国が世界の警察として影響力を及ぼすのとは対照的です。
アジア各国や欧州(特に東欧・中欧)各国が一帯一路構想について中国と覚書を交わしましたが、特に19年3月にイタリアがG7の国として初めて覚書を交わしたときにはEUに衝撃が走りました。経済回復が思わしくないイタリアは、中国からのインフラ投資に大いに期待したのです。そして習近平国家主席は勢いそのままにフランスを訪問しましたが、フランスの対応は全くことなるものでした。フランスは一帯一路を経済協定というよりは中国による一国支配の戦略と見て、懐疑的な姿勢を崩さなかったのです(疑心暗鬼になった背景として、例えばフランスは植民地時代の遺産としてアフリカの国で権力を維持していますが、アフリカ進出を目論む中国と利害が衝突しているといったことがあります)。
その他の例としては、反EU・極右のオルバン首相が率いるハンガリーは中国に急接近しており、一方でチェコは中国への接近を警戒する動きが出てきており、上院議長が台湾を公式に訪問するなど、中国との距離を広げつつあります。それぞれの国で置かれている状況や政治的な価値観が異なるので対応が異なるのも当然ですが、特にEUという壮大な統合プロジェクトをリードするドイツ・フランスは、EUが一帯一路により分断されるリスクに極めてセンシティブになっています。
2. EU・中国包括投資協定の意味
フランスの一帯一路への対応などからはEUが中国に警戒感を高めているように見えましたが、20年12月にEUと中国の間で市場開放や公正な競争環境の確保など、投資環境の整備を目的とする包括的投資協定が合意されました。なんとも付かず離れずで、外交に長けた欧州各国はツンデレな人たちです。
この投資協定は2013年11月から7年間の交渉を経て合意に至ったものです。2020年内の合意を実現するために中国側が大幅に譲歩したことに加え、コロナ禍で経営難に直面する欧州企業が中国市場でのビジネス機会を強く求めた結果として、合意に至りました。中国市場に頼るドイツのメルケル首相が慎重派を説得して押し込んだとの報道もありました。自動車産業を中心に、EU企業の中国市場へのアクセス改善につながるこの協定の意義は大きいものがあります。
しかし世界のバランスを考えた場合、タイミングはかなり微妙でした。なぜならば、まさにバイデン新政権への移行期間中の合意だったためです。米国では「ドイツとフランスはバイデン政権がトランプ政権のアメリカ・ファースト主義を取り下げることに疑念を持っている」とか「中国の政治的勝利」といった報道もなされ、バイデン政権はトランプ政権時代に亀裂が入った欧州との関係を修復するはずだという市場の期待に影を落としました。
もはやどう絡み合っているか解らないくらいに重層的に利害関係が絡み合っていますが、明らかなこととしては、欧州にとっては世界経済の成長エンジンである中国との関係は重要であり、欧州企業のグローバル戦略は中国抜きでは考えられないということです。
3. 複数チャネルからの中国市場攻略がリスクマネジメントになる
ウイグルや香港の問題を中心に、人権問題の観点から国際社会が中国を抑え込もうとしています。EUは1989年の天安門事件以来、約30年ぶりに中国への制裁に踏み切りました。バイデン政権と歩調を合わせ、欧米協調をアピールすることへの狙いがあったことは想像に難くありません。その他としては、ドイツは9月に連邦議会(下院)選挙を控えているのですが、人権の尊重という欧州流の理念を追求するのかそれとも経済に配慮すべきかについて、今のところは人権問題に関心を持つリベラル層にアピールすることのほうが重要と判断したことも理由になったようです。
日本に目を向けてみると、先日菅首相はバイデン政権で初めてホワイトハウスに招かれた国家首脳として、バイデン大統領と会談しました。会談後に発表された共同声明は中国を強く意識するものでしたが、特に台湾について言及されていたことから、中国は猛烈に反発しました。人権問題を軸に国際社会が中国にプレッシャーをかけていることからすれば、また米国との関係は何よりも重要であることからすれば、今回の踏み込んだ共同声明はある程度予想できるものでした。さしずめ中国より欧米を取ったというところでしょうか。
このように世界は安全保障の面で中国の台頭に警戒を解かないわけですが、一方で経済面での世界の中国に対する期待も下がりません。経済面での期待に関しては、下がらないどころかコロナにより一層高まっているといえます。具体的には、コロナ不況からいち早く抜け出した中国の2021年の成長率予想は+8.6%です。コロナにより大きなダメージを受けている米国も+7.4%の急回復を見込んでいます。それに対してドイツは+3.0%、日本は+3.7%と戻りが遅い状況です。自国経済の回復が遅いとなれば、当然好調な中国や米国向けのビジネスを意識せざるを得ません。そうなんです。結局のところ、コロナからの出口を探るこのタイミングでは、世界経済をけん引する中国を意識しないわけにはいかないのです。
米国も日本もEUも人権問題を理由に中国と距離を置いているじゃないか、中国はそんな西側諸国をもはや相手にしてくれないんじゃないかという考え方もあるかと思います。ただ、中国を除けば世界三大市場である米国、EU、日本市場を無視しては中国もビジネスになりません。つまり、中国も米国、EUそして日本とのつながりを切ることはできないのです。そうなると、あとは関係の強弱の問題になります。ときに中国とEUが良い関係、またときには日本が良い関係、予想に反して米国が蜜月関係を築いてとても良い関係になるといった様々なパターンが考えられます。
さて今回のブログの本題である「地政学的リスクのコントロール方法」についてですが、平凡な答えで恐縮ですが、やはり一本足打法はやめましょうということかと思います。中国マーケットの攻略というトピックに当てはめれば、「中国市場に直接・間接的にアプローチできるようにしておくことが日々形を変える地政学的リスクへの備えとなる」ということかと思います。例えばですが、ドイツ企業は中国に対して多額の輸出をしています。ドイツ企業の買収を検討する際にはドイツないし欧州マーケットを取りに行くという観点ばかりがハイライトされがちですが、ドイツ企業経由で中国マーケットにアプローチするという観点からも検討されるべきです。
「欧州は経済の戻りが遅いから欧州企業の買収は無い」と割り切ることなく、ターゲット企業の地域別売上を確認のうえ、欧州企業を起点に間接的に中国市場へアプローチするという視点を持てば、中国市場攻略のためのターゲット選定の幅は大きく広がります。中国市場へのアクセスは日本からのみという一本足打法では、日本と中国の間で地政学的リスクが高まった場合に対応が難しくなります。
渡航制限もあって欧州企業の買収検討は進めにくい状況ではありますが、情報収集のアンテナは下ろすことなく、どんどんGCAメンバーと意見交換を頂ければと思います。ご連絡をお待ち申し上げます。
記事監修
この記事を監修している弊社担当者です。