コロナはM&Aプラクティスを変えるか?|欧州M&Aブログ(第24回)
コロナの勢いは山場を越えたように見えますが、一方でワクチン開発等による根本的な解決への道筋がついたわけではありません。これからはコロナという見えない恐怖といかに共存していくかに論点が移り、在宅勤務など大きく変わった生活様式は、簡単にコロナ前に戻ることはないと思われます。
リスク(ダメージ)が見えるまでは現状を静観し、M&A含め新規投資は凍結とした企業が大半かと思います。ただ、生活様式を戻す話と同じですが、難しいのは「いつまで待つか」の判断です。この点については、すぐにリスクの全体像が見えるようにはならない、言い換えれば「いつまで待てばいいかの正解はない」ということは皆様もご承知の通りです。ただ、いつまでも投資活動を凍結することはできませんので、リスク承知で前に進まなければならないときがやってくる、これも皆様ご承知の通りかと思います。
とはいっても、山場を越えたコロナも第二の山場が到来する可能性は十分にあります。もちろん、コロナ以外のまだ知ることのない新たなリスクが生じる可能性も十分にあります。M&Aのように大きな打ち手はリスク度外視で進めるわけにはいきません。では、M&A交渉において、見えないリスクはどのように手当てすべきでしょうか?
1. M&A検討段階
これから検討する買収ないし売却については、このコロナ環境下においては状況の見極めは必須です。ただ、とにかく自粛すべきかといえば、そうではないと思います。例えば今回のコロナでは、航空業界を筆頭に、外食、自動車等大きくダメージを受けましたが、E-commerce、教育(オンライン)、デリバリー等、追い風となったセクターも多数あります。追い風になっている、ないしあまり影響を受けていないセクターについては過度に様子見をする必要はないはずです。ステレオタイプに様子見とすることなく、状況をしっかり見極めたいところです。
2. 契約交渉開始後~サイニング前
サイニング前であれば、基本的にはその時の判断でディールの中止・中断をすることができます。ただ、中止・中断する場合でも「今後状況が許せば是非交渉を再開したい」というケースがあると思います。そのようなケースでは中断の仕方も重要になります。「コロナで先行きが見えないから」と一方的に打ち切ることなく、例えば「10月に再度話そう」と約束するなど、可能な限り相手方の関心を引き付けておく工夫をする必要があります。
リスク回避方法は必ずしも案件を進める、進めないのOn/Offだけではありません。それなりにインパクトの大きさが予測できる場合には、「価格の引き下げ交渉」もリスク回避のオプションとなります。買い手の立場からすれば、企業価値算定の前提としていた事業計画が大きく下振れすることになれば値下げ交渉は当然とも思えますが、インパクトがどの程度なのか、またどの程度長期化するのかといった読みは売り手と買い手では異なり、必ず減額できるとは限りません。また、相対交渉ではなく他の買い手候補者がいる場合には、ストレートな値下げ交渉は途中敗退のリスクを伴います。
相手が価格再交渉のテーブルについてくれたとしても、将来インパクトの数値化には正解がないだけに、自分の描くダウンシナリオを主張するばかりでは交渉になりません。そのようなときには、固定価格を合意するのではなく、対価の一部は将来の業績連動にする方法が効果的な場合があります。具体的には、クロージングのときに所有権のすべてを買い取る一方で対価の一部は業績連動にする「Earn-out(アーンアウト)」や、所有権の取得を2回以上に分け、2回目以降を業績連動とする「ステップトランザクション」などの活用です。
もっとも、業績連動は計算式が複雑になりがちであり、また、売り手の立場からは対象会社のコントロールを手放す一方で自分の手取りが対象会社の業績に連動するという仕組みは簡単には許容できないことから、合意は容易ではありません。ただ、将来の業績悪化リスクをカバーするためには業績連動の支払は効果的ですので、将来の業績次第では売り手に大きな利益が発生する設計にするなど、売り手から見ても“旨味”のある提案に仕上げる工夫が必要になります。
価格調整メカニズムも重要です。欧州では契約締結日よりも前の財務諸表(例えば直近の期末貸借対照表)を基準として譲渡価格を固定するLocked Box方式が採用されることが多いですが、コロナの発生を受けて業績悪化傾向が現れている状況においては、想定以上の運転資本の減少や負債の増加などが生じている可能性があります。そのような場合には、クロージング日の貸借対照表に基づき価格調整をするClosing Account方式(日本や米国ではこちらが主流)のほうが有利になる可能性があります。
3. サイニング後~クロージング前
契約書にサインをしたからといって所有権の移転が生じるわけではありません。一定の条件(クロージングコンディション)が充足されてはじめて所有権の移転(=クロージング)となります。サイニングとクロージングが同日になされるケースもありますが、クロージングコンディションに独禁法クリアランスなどの当局承認が含まれる場合には、サイニングとクロージングの間が数カ月空くことになります。ではサイニング後クロージング前にコロナのような対象会社に重大な悪影響を及ぼす事由が生じた場合にはどうすればよいでしょうか?インパクト次第では買収を取り下げたいと思うこともあるはずです。
契約書にサインをしてしまった以上、サイニング以降の事象については契約書で合意した内容に沿って判断されます。つまり、契約書上何ら手当てがなければ、いくら買収を取り止めたいと思ったところで、売り手が許容しない限り取り止めることはできません。
想定し得ない事象をカバーするために、MAC条項(マック条項:Material Adverse Change)をクロージングコンディションに入れることがあります。これは、サイニング以降経営に重大な悪影響が生じていないことをクロージングの条件とするものです。これがあれば、サイニングからクロージングの間にそのような重大な事象が生じれば、買い手はサイン済みの契約を解除し、ディールから撤退することができます。ポイントとしては、これはサイニング時に生じていない事象に対する手当てという点です。つまり、既に発生しているコロナ(COVID-19)について、これからMAC条項でカバーすることはできません。カバーできる対象は、今後発生するかもしれないその他感染症やNewコロナ(COVID-20という名称になるのでしょうか)となります。ただ、後述のように、MAC条項を理由に契約を解除するのは容易ではありません。
最近ボーイングのエンブラエルとの事業統合中止の発表がありましたが、これはMAC条項に絡めた契約解除だったという話もあります。MAC条項は「何をもって重大な悪影響」というのかの定義が曖昧にならざるを得ず、更には感染症や伝染症のような対象会社のみならず市場全体に影響を及ぼすような事象はCarve-out規定(除外規定)としてMAC対象外とされるのが通常です。つまり、コロナのような市場全体に影響を及ぼすようなものは、通常はMAC条項でもカバーできないのです。ボーイングの件は、同業他社に比べて対象会社・事業に不均衡な影響(disproportionate effect)がある場合に限り、MAC事由に該当するという限定が設けられていたため、この点に引っ掛けて争われることになるのかもしれません。
MAC条項は米国案件ではよく見ますが、実は欧州案件ではそこまで数は多くありません。リーマンショック後には欧州でもMAC条項を入れるケースが一時的に増えましたが、プラクティスとして定着することはありませんでした。今回のコロナショックの後にも一時的に増える可能性はありますが、売り手が全くコントロールできないコロナのような事象をMAC対象とすることは、買い手の交渉ポジションが強い場合を除き、容易ではありません。一方で、交渉によりねじ込むことができる場合には、客観的に評価ができる基準を設けることが重要です。例えば、感染症・伝染症により直近の月間売上高が前月または昨年比で50%以上落ち込んだ場合はMACとするなどです。
もっとも、今回のコロナもそうですが、業種によっては影響が表れるまでにタイムラグがあります。そのようなケースにおいては、国家非常事態宣言が出された場合、WHOによりパンデミックが宣言された場合などの形式的に判断できるものをトリガーにするのが理想的かと思います。
最後に、こう言っては身も蓋もありませんが、結局のところM&Aはすべて交渉で決まります。リスクに最大限備えるべく、交渉の引き出しを数多く持つアドバイザーを上手く活用しながら、慎重かつ大胆に交渉を進めて頂ければと思います。
コロナについて、自粛が長引き、気が緩むことが多くなりつつあるように感じます。皆様におかれましては、引き続き最大限の警戒を頂ければと思います。
記事監修
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