2019年上期振り返り|欧州M&Aブログ(第21回)
秋の気配を感じる日も増え、気が付けば下半期も折り返し地点まできました。今回のブログは、2019年上半期の欧州M&Aを振り返るとともに、景気悪化局面だからこその案件発掘の面白みについて、考えてみたいと思います。
1. 2019年上半期まとめ
まず欧州2018年M&Aについておさらいしたいと思います。2018年上半期は過去10年間でもっともM&A案件が多く成立しましたが、2018年下半期は過去5年間で最も低調でした。つまり、2018年下半期から急速にM&Aマーケットが冷え込んだということです。
そこで2019年上半期ですが、結果としては2018年下半期の流れを引きずることなく、一般的な水準に戻りました。M&A金額合計については、前年比でみれば2019年上半期は2018年上半期比33%減、2018年下半期比20%増という水準でした。ただ、過去5年の平均と比べると6%減という水準ですので、平均に近いものの、やや低調でした。M&A件数においては、過去5年平均と比べ9%減という水準で、金額のみならず件数で見ても、2019年上半期はアクティブではなかったというべきかと思います。
2018年下半期からのM&Aマーケットの冷え込みの主な原因としては、①景気の潮目が変わったタイミングであるがゆえに売り手と買い手の価格期待値のギャップが広がり、交渉が決裂するケースが増えた、②景気に対する先行き不透明感による様子見が増えたということが挙げられます。
前者については、売り手は株価が好調だった2017年や2018年上期をベースに売却価格の算段をつけるのに対し、買い手は右肩下がりの株式市場、そして景気の先行き不透明感を前提に価格付けをすることから、双方の価格ギャップが広がりました。2018年下半期は特にその傾向が顕著でしたが、景気後退が明らかになった今では売り手の期待値は下がり始めています。
2. 景気悪化が鮮明に
欧州中銀のドラギ総裁は、景気悪化を背景にマイナス金利の引き下げ並びに量的緩和の再開を決めました。今年10月に8年の任期を終えるドラギ総裁の最後のバズーカともいわれますが、バズーカ級の景気刺激策が必要となるほど、景気の先行きは暗いともいえるかもしれません。
具体的な予測数値を見るに、ユーロ圏では2019年成長率を1.2%から1.1%に、2020年成長率については1.4%から1.2%に引き下げました。インフレ率についても、2019年インフレ率は1.3%から1.2%へ、2020年については1.4%から1.0%へと大きく引き下げました。
景気悪化の主たる原因は複数ありますが、最も大きな要因はトランプ大統領が仕掛けるTrade Warといえるでしょう。Trade War(保護主義と言い換えたほうが分かりやすいかもですね)により、多額の輸出をする中国の景気が冷え込み、中国を大きな貿易相手とする欧州も打撃を受けるという連鎖になっています。
出典:https://www.bbc.com/
ちなみに、欧州の輸出額は世界の3分の1を占めるほどに巨大であり、輸出にブレーキがかかることは深刻な問題です。最近ではTrade WarがCurrency Warに移りつつあり、もし今後ユーロ高が進むようであれば、欧州の輸出は更に打撃を受けることになります。トランプ大統領は「trade wars are good, and easy to win」と言いましたが、米国は圧倒的な経済規模を誇り、また比較的クローズドな市場であることから(=内需が大きく、輸出依存度がドイツのように高くない)、Trade Warに対する耐性が強く、このコメントは的を射ています。Trade warで米国に勝てる国はないでしょう。
今は中国がターゲットになっていますが、ドイツの自動車やフランスのワインなど、欧州が次のターゲットになる可能性も否定できません。特に輸出依存度が高いドイツは、来るTrade Warに備え、国内投資を積極的に行い内需を刺激するといった、輸出異存体質からの大きな方向転換が必要になると思われます。
ただ、何となく景気悪化を悲観するのではなく、ヨーロッパ、特にEU圏に関しては次の3つのポイントを忘れてはいけません。
1. 景気が悪化したといってもマイナス成長になっているわけではない(緩やかに成長している)
2. EUは単一の国として見たときに世界最大の経済規模を持つ
3. EUは日本にとって、輸出の約11%、輸入の約12%を占める重要な貿易相手であり、日EU経済連携協定(EPA)により一層の加速が期待される
一言で言えば、欧州は成長性が鈍化したからといっても大きな単一市場であることに変わりは無く、さらにはEPAを締結している日本企業こそが、その巨大市場で活躍できるチャンスがあるのです。
3. 景気悪化局面での面白み
ここ数年M&A市場を牽引しているPEファンドの動向に変化が現れ始めています。PEファンドは年金基金からの資金流入などを背景に、過去最大の未投資残高を抱えています。潤沢な元手に加え市場が右肩上がりだったこともあり、最近では多少高値掴みであってもどんどんと買収を進めてきたわけですが、景気の潮目が明らかに変わったことから、景気下降局面でのエグジット(売却)の難しさを見据え、買収アセットの選定そして価格設定は以前に増してシビアになっています。
つまり、これまでは意思決定のスピードおよび価格面でなかなか太刀打ちできなかった買い手としてのPEファンドとの競争も、これからは多少容易になってくることが期待されます。さらには、2017年や2018年前半のような高い価格で売却できるという期待はもはや無くなっており、売却価格の期待値もリーズナブルな水準になりつつあります。つまり、売り手としてのPEファンドとの価格交渉はし易くなってきています。
「いや、景気後退局面であればPEファンドも売却せず持ち続けるのでは」という意見もあろうかと思います。そういったケースもあるとは思いますが、数年待ったところで景気が回復するかは分からない状況ですので、多くのファンドは引き続き一定のサイクルで売却を進めると思われます。PEファンドのアセットは引続き要チェックです。
そして、上場会社も要チェックです。上場会社は、理論的には価格次第でいつでも買収できるターゲットなのですが、実際には法制度の違い等で、国によって買収の難易度が違います。例えばイギリスの上場会社は米国と同じく比較的買収が容易ですが、一方でドイツはそうでもありません。
出典:https://www.japantimes.co.jp/
イギリスの上場会社についてですが、Brexitなどの不安定要因により株価を崩す会社がいくつか出てきています。業績も連動して崩れているのであれば別ですが、実際には業績の見通しはそこまで変わらなくとも、株価は大きく崩れているケースがあります。このような会社は言ってみればお買い得ですので、見逃してはいけません。
先行き不透明感で世界全体がモヤッとしている状況ではありますが、情報収集のアンテナは下ろすことなく、千載一遇のチャンスを掴んで頂きたいと思います!
記事監修
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