テストドライブのススメ|欧州M&Aブログ(第15回)

欧州ブログ 

あるドイツ企業の買収案件を担当した際に、ターゲット会社の担当者を夕食に連れ出したことがありました。目的は買収価格の探りを入れるためでしたが、その席で「ところで、なぜオークションではなく相対交渉に応じてくれたの?」と聞いてみたところ、「是非買収したいという強い気持ちが経営トップから示されたからだよ。日本企業は意思決定が遅い、交渉において意思決定者が参加しない等のネガティブな話を事前に聞いていたんだ。でも覚えているでしょ?売却プロセス開始前に経営幹部が直接乗り込んできたときのこと。ああいったことは日本企業としては例外的なんだろ?あの面談でこの人たちは最後までやりきると感じたね。確かに意思決定に時間はかかるけどね(笑)」との回答でした。

こういった成功ケースがある一方、残念ながら案件の初期段階で売り手の期待するスピードで進めることができず、プロセスから脱落するケースも多々あります。意思決定スピードは組織構造・文化に関わることもあり簡単に変えることはできません。それならば、相手を我々のスピードに合わせさせることはできないでしょうか?考えるにあたって、まず外国人は我々の意思決定スタイルのどのような部分にストレスを感じているのか理解するところから始めてみましょう。

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先週このトピックについてイギリス人と話をした際、自動車のテストドライブが例に挙がりました。一般的に新車を購入する際、まずはパンフレット等で集めた情報をベースに検討を開始します。とはいっても、それだけでは決断できないので、ショールームに足を運んで実物を見て、最終的にはテストドライブして乗り心地などを確認し、オーナーになる明確なイメージを持つことができれば購入の決断をします。例えば、皆様が友人から赤いスポーツカーの購入を相談されたとしましょう。友人がインターネット情報のみで長期間検討していたら「まずは実物を見に行ってみなよ」とアドバイスし、ショールームに行きながらもテストドライブせず検討を続けていれば、「そこまで気になっているならテストドライブしなよ」とアドバイスされることでしょう。

なぜそのようなアドバイスになるのでしょうか?それは、ショールームに行くことやテストドライブにより得られる情報は多く、そしてそれをすることのダウンサイドは無いからです。

実はこの感覚こそが、外国人が案件の初期段階において日本人のM&Aの進め方に対して持つ違和感のようです。つまりこういう具合です。具体的なM&Aのオポチュニティがある場合、外国人はすぐに秘密保持誓約書(Non-Disclosure Agreement “NDA”)を締結のうえ詳細情報を取得します。ここでいうNDA締結はショールームに車を見に行く感覚です。そこになんら躊躇は無く、NDAも基本的には先方の雛形に従う形で即座にサインをします。さらに、書面情報で分かることには限界があるため、Face to Faceで会うことができるのであれば、それも即座に実施します。ここでいうFace to Face面談を持つことはテストドライブをする感覚です。

NDAの文言自体では潜在的リスクを抱えてしまう、相手方と面談まですれば引き下がりにくくなる、コストもかかるとして、NDA締結やFace to Face面談に慎重になることもあるかと思います。ただ、ショールームに行くことやテストドライブを躊躇していると感じる外国人にしてみれば、「何に時間がかかっているんだ?慎重になるポイントは何だ?」と理解不能になってしまいます。

M&Aプロセスにおいて、特に案件初期段階で売り手から不必要にネガティブに思われることは避ける必要があります。でも意思決定スピードを上げることには限界があります。では、売り手のストレスを最小限に抑えてプロセスを勝ち抜くためにはどのようにすべきでしょうか?売り手が重視するポイントを整理のうえ、対策を考えてみたいと思います。

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プライベートエクイティが売り手の場合には顕著ですが、売り手が重視するポイントは以下の3つです。
1.Price(買収価格)
2.Speed(意思決定の速さ)
3.Certainty(最後までやり切る確実性)
重要なこととして、実はこれは優先順位ではありません。価格だけではなく、その他2つも同じように重要視されます。

Certainty、すなわち確実性について補足しますと、売り手の立場からすれば、いくら買い手が即座に高い価格を提示したとしても、途中で検討を中断する可能性が高ければその価格やスピードはあまり意味を持ちません。買い手が最後までやり切る覚悟があるのかどうかの見極めは、売り手にとって極めて重要なことなのです。

ところで、最近売り手は日本企業の意思決定に要する時間を勘案して、正式な売却プロセス開始前に日本企業だけに対象企業の経営者との面談(=テストドライブ)の機会を与えてくれることがあります。日本企業は「とても誠実だ」というレピュテーションを持っています。このレピュテーションを活かし、テストドライブにおいてCertaintyの点を大いにアピールできれば、プロセスを勝ち抜く確率はぐっと上がります。

具体的なアピール方法ですが、テストドライブに意思決定に関与するシニアなポジションの方が出席し、買収の強い意思表示をすることはかなり効果的です。売り手に「A社はかなり真剣に考えてくれている、きっとやり切る」という心証を持たせることができれば、多少のスケジュール遅れは大目に見てくれるようになり、自分のペースで案件推進が可能になります。

言うまでもありませんが、案件初期で意思決定に関与するシニアなポジションの方がターゲット企業の幹部と面談を済ませておけば、その後の社内意思決定会議がスムーズになります。つまり、2.Speedの点でも大きな効果が期待できます。

欧州では、夏季休暇明けのこの時期からクリスマス休暇前までは案件が大きく動きます。躊躇せずショールームに足を運んで頂き(NDAを締結して情報を取って頂き)、そして経営幹部の皆様にはテストドライブ(対象会社とのミーティング)をどんどん実施いただければと思います!

記事監修

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